JDA推薦論題策定(その2)
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論題作成の「閉鎖性」再考: |
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私は1980年代後半より2002年頃にかけて、(大)学生英語ディベート大会のための全国統一推薦論題の作成にかなり積極的に参加してきた(現在の関与はほぼ「ゼロ」である)。最初に関わったのは大学三年次のディベートシーズンを終えたばかりの1985年冬?1986年春である。当時はJDA/ JDCが設立される前であり、当然のことながら論題委員会などといった組織も存在しなかった。論題作成はもっぱらボランティアベースで行われ、蟹池陽一さん、北野宏明さん、C.A. Holeman先生、Scott Howell先生といったアドバイザー的立場の方々、あるいはKUEL(関東学生英語会連盟)の「ディベート専門委員」の先輩方、TIDL(東京学生英語討論連盟)、上智大学ESS(「上智杯」)といったディベート主催団体の代表・役員、また次年度よりジャッジやコーチとしてディベート活動に関わるであろう現役学生(主に新4年次生)が参加し、かなり自由な議論が展開されていたのを記憶している。 間もなくJDA/JDC が立ち上げられ、推薦論題作成の場はJDA/JDC「プロポ(ジション)委員会」の「公聴会」として生まれ変わった。しばらくして会員投票制度が導入され、意思決定の方法も変化した。蟹池さんから師岡さんに至る、歴代JDA/JDCプロポ委員長のリーダーシップおよびクリエイティビィティ、そして半ば「滅私奉公」的な献身には頭の下がる思いで一杯である。 「プレJDA/JDC」当時、私は「純然たる現役学生」のone of them、それもいわゆる「非強豪大学サークル」の「無名ディベーター」であった。その後も一貫して「JDA/JDC一会員(但し短期間「JDA理事」)」「ディベートコミュニティメンバーの一構成員」「論題に関心のあるジャッジの一人」といった、推薦論題選定にあたり「直接責任」を取らされることのない、フリーかつ無責任な立場で参加させていただいた。こういった私の様なかなり適当な輩をして論題作成に長く関与させたのは、ひとえにプロセスの寛容性、公開性によるところが大きい。 制度が変わり、人が変わったが、推薦論題作成は「プレJDA/JDC」の時代からずっと継続して「より良い推薦プロポ」を作成するための「開かれた討議・意見調整」のプロセスであった。公聴会開催にあたり、JDA/JDCが特定の団体や個人を「排除」つまり参加を「拒否」し「門前払い」した、などという事実は私の知る限り存在しない。プロポ委員会のメーリングリストはJDA会員・非会員に関わらず、登録しさえすればどなたでも参加可能である。またJDAのウェブサイトにリンクされているプロポ委員会のサイト (http://www.asahi-net.or.jp/~vm4y-sd/index.html)には、論題作成に関して誰でも自由に(匿名で?)意見を述べることができるよう「feedback」というcgiが設けられている。「より良いプロポ」を作成するための「開かれた言論の場」は継続してしかも様々な形式で保証されている、と私は思う。そしてそこで問われる参加資格は「誰(who)」ではなく「何(what)」、つまり意見の内容である、というプロポ委員会の一貫した立場はこれをみても明らかだろう。 昨年度発行(第20巻第1号、2005年5月23日)の『JDAニューズレター』(論題策定特集)には、矢野現JDA会長(元プロポ委員長)による以下の様な記述がある。「現在に至るまで学生団体の一部には,論題作成は閉鎖的に行われていると非難めいたことを口にする場合があるが,これは自己の責任回避のための(当事者からみると卑怯で見苦しい)方便に過ぎず,実態からは遠くかけ離れている。」矢野さんの示唆するところは大きい。プロポ作成における問題を語る際もっぱら使われてきた「プロポ委員会の<大御所>」対「現役ディベーター」という図式は、実は大いなる事実誤認である可能性が高い。 ここ十数年私は多くの学生ディベーターに接してきたが、現役バリバリの、つまり「純然たる現役学生」諸君の多くは、論題作成に自ら関わる時間的・物理的・精神的余裕が無い。彼ら・彼女らにしてみれば「次のプロポどころではない」訳で、論題作成プロセスに関して「非難めいたことを口にする」こともあまり無いはずだ。学生の多くは論題を所与のものとして捉え、それに関する肯定・否定の議論を準備し、練習し、大会に臨むということで精一杯である。それ故論題作成に自ら積極的に関与しようという意思が薄いのは十分理解できる。実際私自身も学生ディベーター時代、少なくとも3年次後期が終わるまではそういったメンタリティであった。 誤解しないでいただきたい。私がこの拙稿で述べたかったのは「現役ディベーター」はJDAプロポ委員会そして論題作成プロセスを批判すべきではない、ということでは決して無い。「より良いプロポを作成するための開かれた言論の場」として改善すべき部分は改善すべきであるし、批判者がだれであろうと・どのような立場であろうと建設的批判にはJDAとして当然耳を傾けるべきである。直接「対面」で物を言わなくても良いし、匿名でも構わないはずだ。前述したようにそのためのチャネルは保証されている。 私たちが今一度認識すべきは、論題作成が閉鎖的であるといった批判は必ずしも「現役ディベーター」の「総意」に基づくものではない、ということだろう。つまり批判は「一部」によってなされており、またその一部が「すべて」現役ディベーターであるかどうかも疑わしい。数は少ないかもしれないが、「純然たる現役ディベーター」がこれまで継続して論題作成に関与してきた事実もある。先に引用した投稿で矢野さんも書かれているように、推薦論題を巡る討議、特にプレリミナリーリサーチの段階においては「呼びかけに集まった一部の高い志をもった少数の学生ボランティアの協力によってかろうじて作成活動が維持され」てきたのだ。少ない時間をやりくりして次年度の、おそらく自分たちの後輩の為にリサーチをし、公聴会に足を運び、そしてメーリングリストにも参加してきた彼ら・彼女らの献身さには本当に感謝しても感謝し切れない。 実は私が一番憂慮しているのは、矢野さんが述べている論題作成が閉鎖的であるといった批判めいた放言の矛先は、JDAのみならず、実はこういった「一部の高い志をもった少数の学生ボランティア」に対しても(かつて)向けられてきたことだ。一例を挙げる。来期の論題に関する投票結果の詳細を載せた「推薦論題決定のお知らせ」が、JDA事務局より団体会員・個人会員に毎学期郵送され、ウェブサイトで公開される。その「お知らせ」の結びに、論題作成に協力いただいた現役学生有志の方々の「個々のお名前」を挙げ謝辞を述べることの是非についてある時公聴会で議論になった。それは、JDA(プロポ委員会の<大御所>)に協力し論題作成に関わったことを「公開」されることに起因した、現役学生諸君に降り掛かる可能性が高い様々な「不利益」(詳細をあえて述べることはしない)を少しでも回避できれば、という配慮からであった。 「純然たる現役学生」(特に「非強豪大学・サークル」所属)ディベーターにとって、日本のディベート界は実はディベートを「し難い」環境なのかもしれないとその時感じたのを憶えている。そして間もなく私は論題作成に積極的に関わることをはなはだ勝手ながら止めさせていただいた。 JDAそしてプロポ委員会の更なる発展を祈りたい。 (あおぬま さとる JDA会員 神田外語大学) |
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JDA論題委員会 [注1]の今後の方向性に関する試案 [師岡淳也] |
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I. はじめに 前号(第20巻第1号)の「JDA推薦論題策定」特集で記されたように、日本ディベート協会(JDA)の前身である日本ディベート協議会(JDC)が、統一論題の作成・協議を目的の一つとして設立されて20年が経つ。その間に、ディベート界を取り巻く環境は大きく変化した。日本語ディベート大会の開催、中学高校におけるディベート活動の活発化、そしてディベートの授業やセミナーの導入が進む中で、所謂「統一推薦論題」(「一定の期間、各大会で統一して使用されることを意図した推薦論題」)の位置づけも変化している。 このことは、JDAが論題作成に果たしうる役割も変化していることを意味する。正直に言えば、現在、JDAが「統一推薦論題」を作成する必要はない。JDAが主催する春期・秋期大会用の論題を用意すれば事足りるのである。それにもかかわらず、「統一推薦論題」を年2回、それぞれ2ヶ月程度かけて作成しているのは、JDAが歴史的に推薦論題策定に主導的な役割を果たしてきたこと、そして理事の多くが「統一推薦論題」を作る意義を見出しているからに他ならない。このことは、矢野善郎会長の以下の見解に集約されている。 「各ディベート団体・大会運営者が協力し,特定の期間同じ論題を採用することには,明らかなメリットがあり,統一論題には「公共財」と呼ぶべき性質がある。」[注2] 矢野氏は続けて、統一論題が果たしうる役割として 1) 作成コストを削減する経済的機能、2) 反復学習を可能にする教育的機能、3) 論題の質維持・向上機能、4) ディベート界の交流を活発にする統合的機能、の四つを挙げている。 「統一推薦論題」が秘める可能性に関する矢野氏の見解に異論はないし、それは米国においてCEDAとNDTの共通トピック採用がもたらした効果を考えれば明らかである。しかしながら、日本のディベート界の現実を直視すれば、「統一推薦論題」が「反復学習を可能にする教育的機能」を果たすほど日本語ディベート大会の数は豊富ではなく、また団体間の連携も密ではないように思える。さらに、JDA主催大会における若干の例外を除けば、日本語・英語ディベート団体が垣根を越えて交流することも稀である。要するに、JDAが現在作成する「統一推薦論題」には、大学英語政策ディベート大会にとってという限定句がつくのである。 勿論、「統一推薦論題」を作成することが各団体の交流を促進するという意見もあるし、JDAとしては、「統一推薦論題」の潜在的な機能を高めるために、論題委員会の活動を見直すこともできよう。実際、前号では、 JDAが今後も「統一推薦論題」作成に主導的な役割を果たすことを前提とした上で、現状の問題分析と将来に向けての提言がなされている。この小稿では、視点を変えて、JDAが、「統一推薦論題」作成活動から距離を置いた場合に、果たしうる役割について考察をしてみたい。前号の特集記事と併せて、「統一推薦論題」の意義と作成活動のあり方に関する議論の一助としていただければ幸いである。 II. JDAは「統一推薦論題」の持つ機能を高めるために何ができるか? ここで、JDA自身は「統一推薦論題」を作成せずに、「各ディベート団体・大会運営者が協力し,特定の期間同じ論題を採用する」(矢野)ための調整役に徹することにしたと仮定しよう。その場合、JDAが出来ることは何であろうか。 まず、JDAのネットワークやコネクションを活かし、「統一推薦論題」を必要とし、その作成業務にコミットする意思のある団体がどの程度存在するのかを調べることができる。その結果、複数の日本語・英語ディベート団体が賛同・協力の意思を示した場合、JDAは各団体の代表者が論題を協議する場所を提供したり、これまでの経験を元に適切な助言をすることができるだろう。必要であれば、現在の論題検討メーリングリストを継続利用したり、過去の論題委員会の資料の閲覧を可能にするなどの便宜を図ることもできる。 仮にESS系の英語ディベート団体以外に、「統一推薦論題」を使用する必要性を感じない場合、英語政策ディベート大会の運営団体が中心となり「統一推薦論題」を策定することも一考に値する。そうすることで、バロットの集計を通して肯定側と否定側のバランスを定期的に検討したり、参加者やジャッジからのフィードバックを容易に行えるようになり、当事者の意向がより良く反映された論題を作成できるのではないか。その場合、JDAとしては、「公共財」の側面を持つ「統一推薦論題」の質を維持するために、全日本討論協会(NAFA)の顧問理事のような役割を果たすことができるだろう。現在のJDAには、論題作成に深く関わってきた理事が数多くいる。また、学生団体と異なり、理事が一定期間ディベート活動に関わることが期待できるため、継続的に論題作成の助言や指導を行うことが可能である。その他にも、JDA発行のニューズレターを通した他団体への広報効果も見込めるし、日米交歓ディベートでの論題選定作業も円滑に進む。従って、ESS系の英語ディベート団体を中心に「統一推薦論題」を作成することになっても、JDAが作成過程に引き続き関与することは、双方にとっても利益があるだろう。 勿論、ディベート活動やアルバイト、勉学に就職活動と只でさえ忙しい大学生に、過渡の負担をかけることは避けた方が良い。そこで、限られた時間の中で効率的に良質な統一論題を作成するために、以下の二つの方法を提案したい。まずは、NAFAのように、各大会運営団体が論題作成を業務の一部に組み込むことである。あらかじめ論題委員会に参加することを前提に運営ボランティアを募集することで、論題作成過程を組織化・効率化することができるのではないか。二つ目に、定期的にジャッジをしている四年生、大学院生、そして卒業生の協力を募ることである。彼らは、ディベート経験も豊富であり、なによりも「現場」で「指導的役割」を果たしている人達なので、英語ディベート大会向けの統一論題を作成するには適任であろう。楽観的な見方かもしれないが、これらの二つが機能すれば、英語ディベート団体を中心に統一論題を作成することは十分に可能であるように思う。実際に、筆者が論題作成に本格的に関わり始めた2004年後期から現在までの推薦論題候補を提案したのは、JDA理事を除けば、全てESSに所属する大学生なのである(下図を参照)。 2004年後期から2006年前期まで推薦論題候補とリサーチ担当者 男性育児休暇(安藤温敏理事) 高速道路無料化(NAFA) 外国人労働者雇用(師岡) 代理母・着床前診断(佐々木翼氏 [東京大学ESS]) 国連による経済・軍事制裁(上智大学ESS) 弾道ミサイル防衛(NAFA) 診療報酬自由化(上智大学ESS) 性犯罪前歴者の情報公開制度(佐々木氏、金丸正道氏 [東海大学ESS]、師岡) さらに言えば、この期間中、ESS系の英語ディベート団体が多数票を投じたトピックが常に推薦論題に選出されており、現在でも、実質的には「当事者のための統一論題が当事者によって策定されている」と考えることもできる。 いずれにしろ、「統一推薦論題」作成活動におけるJDAとESS系の英語ディベート団体の関係を友好的かつ建設的に見直すことで、双方にとって望ましい結果をもたらすことが可能であるように思う。 III. 公共財としての論題の価値を高めるために 「統一論題」がディベート界の「公共財」と呼ぶべき性質を持つことは論を待たないが、「公共財としての論題」が統一論題に限定される理由も無い。前号で井上奈良彦理事が指摘したように、現在、ディベートは、「議論法の訓練」「英語訓練」「時事問題学習」「広くコミュニケーション技能の訓練」など幅広い目的で実践されている [注3]。さらに、ディベートを実践する機会も、大会、教室、企業研修、セミナーなど多様化している。ディベート活動が多様化する現在、統一論題を作成する以外にも、JDAが「公共財としての論題」の価値を高めるために出来ることは数多くある。具体的な活動例として、1) 論題データベースの運用と2)論題作成活動のガイドライン作りを、以下に紹介する。 A. 論題データベース化の推進について。 JDA論題委員会では、「統一推薦論題」作成の過程で多くのトピックを吟味し、有望なトピックについては、かなりの時間をかけてリサーチを行う。2006年前期の論題候補であった「性犯罪前歴者情報公開制度」を例にとれば、佐々木翼氏(東京大学ESS)が前年に提出した2頁の報告書を足がかりとして、金丸正道氏(東海大学ESS)に20頁に及ぶレポートを作成していただいた。その報告書を基に、委員会やメーリングリストで検討を重ねた後も、論題としての適性に疑問が残ったため、筆者が追加調査を行い、12頁の調査報告を作成した。その後、委員会で更なる検討をした結果、ようやく推薦論題候補として選出される運びとなったのである。また、今回は推薦論題候補から漏れたが「年金一元化」や「東シナ海ガス田開発」についても、安藤理事や獨協大学ESSが相当のリサーチを行い、委員会でも随分と議論を行った。 JDA論題委員会では、このような過去のリサーチの成果をディベート界全体で共有することを目的として、論題データベース化計画を推進している。既に、須田雄介氏(明海大学卒)と赤津義信氏(東北大学卒)のご尽力により、データベースの試作品が完成しており、近い将来の実用化を目指している。残念ながら、現時点では実際のデータベースを紹介できないが、 IDEA (International Debate Education Association)のデータベース (http://www.idebate.org/debatabase/index.php)の日本語版に近い形になる可能性が高い。近い将来、過去の論題案の報告書をまとめ直して、公開することからデータベースの運用を始めていきたい。 将来的には、データベースを、オンライン百科事典「ウィキペディア」のように、誰でも自由に執筆できるようなシステムにすることも考えていきたい。データベースをインタラクティブにすることで、多くの論題を効率よく集めることが可能になるし、ディベート界全体でデータベースを充実させていくことができるからだ。さらに、間接的な形ながら、ディベート界の交流の活発化も期待できる。例えば、ある高校の授業で使用した論題の感想を、生徒の1人がデータベースに書き込んでくれたとする。その書き込みがきっかけとなり、JDAの一日ディベートセミナーや社会人ディベート連盟の定例会で、同様の論題が使用される可能性もある。そして、当日のセミナーや定例会の参加者が、新たなコメントをデータベースに書き込んでくれれば、オンラインでの相互交流が実現するわけである。このように、インタラクティブなデータベースは、ディベート界全体で「公共財としての論題」の質を高めていくことに寄与するだろう。 B. 論題作成の助言活動や指針作りについて 統一論題に限らず、適切な論題を作成することは案外と難しいものである。前号の特集記事で度々指摘されているように、論題作成にはディベートに関する多くの知識と経験が要求されるからである。原則として、適切な論題には、「単一の主題(single topic)を含む」「肯定文である」「一方向性である」などの要件があるが、このようなことは意外と知られていない。そのせいか、ディベートの教科書や参考書に不適切な論題が紹介されていることがあるし、セミナー講師を務めていても、受講者(特に、企業研修の担当者や教員)から、適切な論題作成に関する助言を求められることが多い。 JDAとしては、これまでの経験を生かし、論題作成に関する助言をしたり、適切な論題作成のためのガイドライン作りに着手することもできるであろう。ちなみに、JDA論題委員会では、定期的に論題案の評価基準を明示することにしている。例えば、2006年前期の場合、以下の基準で論題案の評価を行うことをメーリングリスト上で確認をした。 1. 肯定・否定が,バランスのとれたディベートをするフレーム(枠組)がありうるか?あるとすれば,どのような論題フレームか? 2. そのフレームについて,客観的なディベートを可能にするだけの資料があるか?インターネットや,書籍・雑誌の量など。肯定・否定でまともな論客がいるか? 3. そのエリアを大学生やディベート学習者がディベートする意義はなにか? 4. 半年間ディベートをするだけの多様な論点・視点があるか? その他にも、「論題調査評価報告書」のひな形を用意し、調査担当者が容易に論題案の報告・評価書を執筆し、他の論題委員と共有できるように工夫をした。このような評価基準や評価報告書のひな形は、多少の修正を加えれば、授業やセミナー用の論題を作成する際にも大いに役立つであろう。 以上、JDA論題委員会が、「統一推薦論題」作成活動から距離を置いた場合に、果たしうる役割について考えてみた。繰り返すが、本論の目的は、JDAは「統一推薦論題」作成を止めるべきだと主張することにはない。統一論題を作成も、検討も、推薦もしなくても、JDA論題委員会が有意義な活動を行うことは可能であると示したかっただけである。理想を言えば、JDA論題委員会が、「統一推薦論題」作成、データベース化推進、論題作成助言活動の全てにコミットできるほどの体制が整っていればよいのかもしれない。しかしながら、慢性的な人員不足に悩む論題委員会の現状を直視すれば、新たな活動を実施することは非常に困難である。本稿で述べた提言以外にも、JDA論題委員会が進みうる道はあるだろう。いずれの道を選ぶにせよ、JDA論題委員会の活動方針の転換は、多くのディベート団体に影響を与えることになる。JDAを超えて、ディベート界全体で「統一推薦論題」の意義と作成過程のあり方について建設的な議論をしていければと考えている。 (もろおか じゅんや 神奈川大学講師 JDA理事 2005年前期より2006年前期まで論題委員長を務める。E-mail: jmorooka@kanagawa-u.ac.jp) 注1: 「論題委員会」以外にも、「論題検討委員会」「論題作成委員会」「プロポ委員会」など様々な呼び名があるが、ここでは「論題委員会」に統一する。 注2: 矢野善郎(2005)「ディベート界の「公共財」としての統一推薦論題--その作成過程の変遷と今後の課題」『日本ディベート協会通信』第20巻第1号。(http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/propo.htm) 注3: 井上奈良彦(2005)「第二次大戦後のディベート大会の歴史と論題の選定」『日本ディベート協会通信』第20巻第1号。 (http://www.kt.rim.or.jp/~jda/article/propo.htm) |
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