I.S.S.A. 国際アーギュメンテーション学会大会に参加して 矢野 善郎 1998年6月16日から19日にかけて開かれた国際アーギュメンテーション学会(InternationalSociety for the Study of Argumentation, I.S.S.A.)の第四回大会に茨城大学助教授の鈴木健さん(JDA副会長)と参加してきました。
大会の会場となったのは,オランダのアムステルダム大学のOudemanhuispoort校で,古くからの国際都市アムスの中でも,まさに運河の密集する中心部にあります。それもそのはずで,この大学の設立も1632年にまで遡り,学会の会場となった校舎も,運河沿いの古い町並みの中に埋め込まれたようになっています。(校舎自体は鉄筋の新しい建物なんですが,景観保護のためなのか,運河に面する古い建物の陰に隠れるように置かれており,標識すら外にはありません。場所が分からず立ち止まって地図を見ていると,通りかかった方が声をかけてくださり方向を教えて下さいました。)
この大会の目的は,アーギュメンテーションに関する国際的かつ学際的な討議の場をもうけることで,4年おきに開かれており,今回で4回目を数えます。主催者であるアムステルダム大学のvanEemeren教授とGrootendorst教授による努力の結果なのでしょうが,本当に用意周到としか言うほかないほどに円滑に組織・運営されていました。両教授は,この学会の中核メンバーでもあり,Argumentationという学術誌の編集主幹でもあるとともに,欧米のアーギュメンテーション研究を概括したFundamentalsof Argumentation Theory - A Handbook of Historical Backgrounds andContemporary Developments (Lawrence Erlbaum Associates,1996)という本も編集しており,アーギュメンテーション研究study ofargumentationという独自の研究領域の立ち上げに尽力されているようです。
その本では,「アーギュメンテーションとは,ある論争の余地のある立場が聞き手や読み手に受諾される可能性を高めたり(低めたり)することを目的とし,合理的な判定者に対してその立場を正当化(ないしは反論)することを想定して提案の配列を提示していく,言語的で社会的な,理性による活動である」(p.5)と規定されています。当然のことながら,これに関する研究は,多分に学際的な性格を持ち,プログラムによれば270名ほどの報告者・参加者が,多岐にわたるテーマに関して報告討論していました。参考のために,そこでの部会編成を記しますと,
1. 総論的なアプローチ, 2. 各論的なアプローチ, 3. 形式的な観点formal perspectives, 4. 哲学的な観点, 5. 修辞学的な観点 rhetoricalperspectives, 6. アーギュメント類型 types of argumentation, 7.修辞的な三段論法 enthymemes, 8. 評価 evalucation, 9. 誤謬論 fallacy ,10. 言語学的分析, 11. 経験研究, 12. 哲学的トピック, 13. 教育・教育学,14. 人工知能, 15. 法律, 16. 政治, 17. 公共的 public, 18. 組織論的organizational, 19. メディア, 20. 科学, 21. 歴史, 22. 文学, 23. 芸術,24. 視覚 visual, 25. 対人的 interpersonal, 26. その他のトピック,
となっており,それぞれの部会で5人ほどが報告する形で学会が進行していました。なお参加者が多いためか,報告時間はおおよそ一人20分,討論10分でした。
ちなみにこの学会の場合,学会誌などを多数出版していることで名前をよくきくKluwerAcademic PublishingHouseなどもスポンサーについていることもあるのか,昼食も提供されていましたし,毎晩レセプションなども(参加無料)で開かれていました。ともに大変和やかな雰囲気で,日米交歓ディベートで来日した多数の教授の方々と再会しお話することができましたとともに,見知らぬ方々とも歓談することができました。(余談ですが私が立っていると,イスラエルの大変美しい女性が「あなたはヤノね,私はヤノフスキーって言うの」と突然話しかけてきたときには,大変笑わされました。)
プログラムをざっと見たところ,やはりアメリカからの参加者が圧倒的に多く,ついで地元のオランダ,ドイツ,イギリス,カナダ,フランスからが比較的多かったです。それほど数は多くないですが,南米からの参加者もいたようです。
なお日本からの参加者は(おそらくアジアからも),プログラムで見る限りは,鈴木さんと私だけのようでした。そもそも日本では,アーギュメンテーションに関する研究の重要性が,それほど認知されているわけではないでしょう。この分野での基本的な述語(訳語)等に関する共通了解もまだ得られていないと思います。そういった意味で,この分野での研究環境は,まだまだ立ち遅れていると言わざるを得ない部分も多くあると感じました。
そうであると同時に,大会に参加してみて,とりわけアーギュメンテーションの異文化比較などに関して,わが国の研究者の寄与しうる余地もまた大きいと感じました。特に「西洋」と「東洋」を対置するような,前時代の単純なステレオタイプを反省し,より科学的な根拠のある文化的な差異を浮き彫りにしていくなどの課題に関しては,まさしく「東洋」と従来呼ばれてきた地域からの研究者の応答が不可欠だと思われます。そうした課題に取り組むことは,文化間にまたがる討議空間を構築していくために,今後ますます重要性を帯びていくと考えられるからです。
もっともそのためにも,日本でのアーギュメンテーション研究を本格的にたちあげていく必要があると思います。(この大会で私の報告したことと関連するのですが,わが国ではまだ「ディベート」と「日本の伝統的なコミュニケーション」を対置してみたりする,怪しげな俗説が色々と出回ってしまっています。)それには,その基盤となる国内学会などを整備する必要もあるかもしれません。いずれにせよ,その際,このI.S.S.A.の目指す方向のように,コミュニケーションや語学畑の研究者だけでなく,哲学・言語学・教育学・法学・政治学・社会学・歴史学など,関連分野の研究者もまきこんだ学際的な学会とすることが実り多い研究のためには不可欠となるでしょう。
J.D.A.が数年越しで計画している,アーギュメンテーション研究のための国際大会を日本で開催するという試みは,そうした基盤整備のためにも非常に重要な意味を持ってくると思います。是非とも実現させたいものです。
(やの よしろう, 東京大学助手,JDA理事)
jda@kt.rim.or.jp
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