National Debate Tournament (NDT) ディベートの現状について 師岡 淳也(注1) 

I. はじめに

 

アメリカの大学対抗政策ディベートの総称であるNDTディベートでは、1990年代に入り幾つかの重要な変革が起きている。本稿では、変革期にあるNDTディベート界の現状を概説することにする。内容に関しては、出来るだけ文献にあたり正確を期するように心がけたが、中には誤った記述も含まれているかも知れない。その場合は随時ご指摘を頂ければ幸いである。

 

 

II. CEDA と NDT の共通論題の採用 

 

"NDT debate is very sick, perhaps dying."(注2)

 

上記の警句は、1988年の Journal of the American ForensicAssociation からの一節である。この言葉が端的に示すように、NDTディベートは1980年代後半より深刻な加盟校の減少に悩まされていた。また1980年代は、CrossExamination Debate Association (CEDA)の創設・台頭に代表されるように、ディベート教育活動の細分化(fragmentation)の進行の時期でもあった。加盟校の減少とディベート活動の細分化という問題を抱えていたNDTディベートにとって、1996年より始まったCEDAとの共通論題の採用は、ウェイク・フォレスト大学のアラン・ラウデン準教授が形容するように「過去十年間におけるディベート界最大の変革」(注3)と呼べる出来事であった。

共通論題の採用は、細分化が進行していたディベート界にとって、貴重な統合化の契機であり、NDTディベートに幾つかの大きな恩恵をもたらした。まず挙げられるのが、大会数の増加である。共通論題の採用により、CEDAとNDTの両方の大会への参加が可能になったことで、学生のディベート大会への参加の機会と選択の幅が拡大した。

共通論題の採用は、大会参加校・チーム数の増加にもつながっている。近年NDTディベートは、同一大学からの参加チーム数の上限を緩和していることもあり、大会参加チーム数の減少傾向に歯止めがかかりつつある。例えば、1996年度のウェイク・フォレスト大学主催のFranklinR. Shirley DixieClassicには、計43校104チームが参加し、そのうち十数校は CEDA加盟校であった。同一校からは、エモリー大学が最多の8チームをエントリーした。

 

 

III. 大会運営方法の刷新

 

現在のNDTディベートの大会運営は、NDTスタイルを踏襲している日本の大学英語ディベート大会とも、幾つかの点で異なっている。まず、フォーマットが若干異なっており、NDTディベートでは、立論9分、反駁6分、尋問3分の形式を採用している。準備時間は、日本の大学英語ディベート大会と同じく10 分である。

また、あまり重要なことではないが、参加チームの呼ばれ方も異なっている。NDTディベートでは参加チームをディベーターのラスト・ネームのイニシャルを取って呼ぶのが慣例となっている。例えば、ウェイク・フォレスト大学のJohn Hughes とBrian Prestes のチーム名は Wake Forest HP となる。

1990年代初期には、大会運営プログラムに関しても大きな変更が為された。1993年度よりNDTディベートでは、ベイラー大学のリチャード・エドワーズ準教授が開発したタブレーション・プログラム(通称TAB ROOM ON THEMAC)が導入され始め、公平性の確保の為に、以前よりも複雑なプログラムに基づいて大会が運営されている。(注4)一例を挙げると、予選通過校の順位は、勝敗と獲得ポイントだけでなく、(1)勝敗、(2)ポイント(adjusted points)、(3) 対戦相手との勝敗 (oppositionrecord)、(4)二次ポイント(double adjusted points)、(4) 合計ポイント(total points)、(5)ランク、(6)ジャッジ変数 (judgevariance)、(7)コイン・トスという非常に細かい順番で決められることになっている。

それ以外にも、対戦サイドの決定に際しても、公平性の観点から細かい配慮が為されている。例えば、予選で肯定側で当たった大学と本選で再び対戦する場合は、予選での勝敗や成績に関わらず、自動的に否定側に立つことを余儀なくされる。そうすることで、肯定側と否定側の両方のサイドで議論する能力が優れているチームが優勝する確率が高くなるように工夫がなされているのだ。

更に、Mutual Judge PreferenceSheetと呼ばれるジャッジ選択制度も採用されている。これは、日本の大学英語ディベート大会で以前実施されていたジャッジ・スパイク制度をより複雑化したものと考えてもらえればよい。各チームは、大会前にジャッジのリストを配布され、ジャッジの好みを、その度合いに応じて、A、B、Cの三段階でマークすることができる。更にCランクのジャッジの中から、特に審判して欲しくないジャッジを10人選ぶことが出来るようになっている。ジャッジの組み合わせは提出されたシートに基づき決定されるシステムになっている。このジャッジ選択制度には、予選のパワー・ペアリングから有効なものと本選から有効なものとの二種類がある。

 

 

IV. 三部門制の採用

 

NDTディベートの大会は、学生のディベート能力と経験に応じて、通常Varsity部門、Junior Varsity 部門、Novice部門の三部門を提供している。Varsity部門とは、全てのディベーターが参加可能なオープン部門であり、従って最もレベルが高い。JuniorVarsity部門には、原則としてディベート経験二年以内の学生が参加資格を有する。Novice部門は、基本的にディベート経験一年未満の学生に参加が限定されている。このような部門分けは、ディベート経験が豊富な「エリート」学生だけでなく、幅広い層の学生に政策ディベートを経験してもらう目的で、実施されている。

 

 

V. オープン化

 

"The [debate] community is more open, more honest, and moreaccessible."(注5)

 

これは、第51回NDTのブックレットへの寄稿エッセイの中でのアラン・ラウデン博士の言葉である。この言葉が示すように、最近のNDTディベートでは、様々な面でオープン化が促進されている。以下に幾つかの事例を挙げることにする。

まず、試合前に肯定側がプランの詳細とケースのシナリオ・利益を否定側に公開することが慣行になっている。ケースの公開は、特に大会規則で強制されている訳ではないが、試合中の議論の質の向上につながり、またお互いに利点があるため、積極的に行われている。

また、最近ではジャッジが試合の勝敗と講評を、各試合後に口頭で発表するようになってきている。このoralcritiquesと呼ばれるシステムもオープン化の表れの一つといえよう。

更に、参加チーム同士で証拠資料の出典を教え合うことも日常的に行われている。エビデンスの出典の公開の背景としては、NDTディベートが範囲の広い論題を採用している(注6)ことも挙げられるが、前提として対戦チームに対する「競争意識」だけでなく、ディベート界の一員としての「協力意識」があるように思われる。

 

 

VI. 電子エビデンス(electronic evidence) の使用

 

NDTディベートでは電子情報を試合中に証拠資料として引用することが認められている。特にLexis/Nexis に代表される商用電子データベース(electronicdatabases)の普及は、膨大な量の情報に容易にアクセスすることを可能にし、ディベート・チームに計り知れない利益をもたらした。

電子データベース利用の一般化は、リサーチの物理的・時間的制約を著しく緩和した。前述のLexis/Nexisを利用することで、膨大な量の新聞・雑誌記事に24時間アクセスすることができ、また地方紙や専門誌など、図書館では閲覧困難であった新聞や雑誌の全文記事検索ができるようになった。その為、以前ほど試合でニュー・ケースを出す利益が少なくなっている。電子データベースを活用することで、大会会場に居ながらにして数時間ほどで充分な否定側の証拠資料を集めることが可能になったからである。

NDTディベートにおける電子情報使用の普及は、試合中の議論の質にも様々な変化をもたらしている。証拠資料の「新しさ」が、議論の中でより大きな重要性を帯びるようになったのは、その一例といえるだろう。ジョージ・メイソン大学のスター・ミューラー準教授は、ディベートの試合における電子エビデンス使用の影響について、以下のように書いている。

One of the most significant effects [of electronic research] isthe increasing availability and use of up-to-date information onnational and international affairs. Debate arguments, now susceptibleto daily updates, strategically privilege recency and timelines. Having recent, short quotes with soundbite punch can be a realadvantage, especially on political and economic affairs.(注7)

 

 

VII. クリティーク(kritiks)

 

近年NDTディベートでは、クリティークと呼ばれる新しいタイプの議論が、否定側の主要な戦略として定着している。簡単にいえば、クリティークとは、相手の主張や立場の前提を叩く議論のことであり、言語クリティーク(languagekritiks)と哲学的クリティーク (philosophicalkritiks)の二つに大別される。紙面の制約上、ここでは言語クリティークのみを説明することにしたい。

言語クリティークとは、論題の言葉や相手の証拠資料に含まれた言葉が内在する概念に異議を唱える議論のことである。例えば、論題に"development"という言葉が含まれている場合、否定側は、肯定側の支持する具体的な政策の是非を直接議論する代わりに、命題の"development"という言葉自体に自文化中心主義的(ethnocentric)な概念が内在していることを指摘し、その問題点や社会への影響を詳述する。そして、命題内のいかなる政策も、自文化優位主義という誤った前提に立っているという理由で、否定すべきだという議論を展開するのである(今期のJDA推薦論題の中の"progressiveness"という言葉に関しても、同じような議論が出来るかも知れません)。

 

 

VIIII 終わりに

 

以上、NDTディベートにおける近年の変革や傾向について、甚だ簡単ではあるが解説してみた。日本の英語ディベート界では、NDTディベートへの関心が薄らぐにつれて、NDTに対する知識不足からくる誤解や不当な批判が目立ってきたように感じられる(もちろん正当な批判も数多く存在するが)。確かにNDTディベートは多くの問題点を抱えている。

しかしながら、NDTディベート関係者の多くは、その問題点を自覚し、より良いディベート・コミュニティを目指して、精力的かつ真摯に改革への努力を続けていることも、同時に認識すべきである。そのNDTディベートの「再生化」への努力の成果が、近年の変革には現れていると思う。大会参加校の減少、ディベート活動の細分化、ゲーム的側面への過渡の強調(教育的側面の軽視)など、現在の日本の大学英語ディベートは、NDTディベートと同じ問題を数多く抱えている(恐らく問題の根はより深いであろう)。従って、近年のNDTディベートの変革から、日本のディベート関係者が学ぶことは大いにあると思う。本稿により、JDA会員の方々が現在のNDTディベートに少しでも興味をもっていただければ幸いである。

 


(注1)もろおか じゅんや。ウェイク・フォレスト大学大学院コミュニケーション学部修士課程修了(修士号)。この小文に関する質問やコメントは、morooka@mine.ne.jpまでお願いします。

(注2) Robert C. Rowland and Scott Deatherage, "The Crisis inPolicy

Debate," Journal of the American Forensic Association24 (1988):246.

(注 3) Allan D. Louden, "A Retrospective Prospective on the NDT:'Good Days' Ahead," The 51st National Debate Tournament, ed. Brett M.O Donnel (Lynchburg, VA: Liberty Univ., 1997) 22.

(注4)と、書いたものの、筆者には詳しいプログラム解析をする能力は全く無い。手元の資料によると、現行のプログラムは、予選8試合中3回実施されていたHigh-HighPower Pairingを1回に減らしたそうだが、それが具体的にどの様に公平性確保に寄与しているのかは筆者には不明である。

(注 5) Louden 23.

(注6) 例えば、1996-1997シーズンの論題は以下の通りである。Resolved: That the United States federal government should increaseregulations requiring industries to decrease substantially thedomestic production and/or emission of environmental pollutants.

(注 7) Star A. Muir, The College Policy Handbook 1996-1997(Fairfax, VA: George Mason Univ., 1996) 48.

 

  

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