日本ディベート協会通信 第十二巻第1号
JDA Newsletter Vol.XII No.1, 1998
1998.1.5


巻頭言

教育、訓練、ゲームとしてのディベートがどれだけ普及するかは結局、実社会での意思決定にどれだけディベートが用いられているかにかかっていると思う。日本においてはこういったディベートに対する社会・文化の基盤が十分ではない。何でもディベートで決めればいいというものではないが、もう少し日本の社会の中でディベートの重要性が増すことを望みたい。

先日、ある委員会でディベートを体験した。1千万円規模の予算申請の優先順位を決めるために、提出されていた2件の提案者が各自の申請案を委員に口頭で説得する短いスピーチを行い、その後、委員からの質問に答える時間、提案者同士が相手の案件との比較を含めて意見を述べる時間、というように続いた。最後に投票でどちらを1位推薦にするかを決定した。委員は申請案の内容については素人ばかりで、申請案についての説明文書なども配布されなかった。途中、提案者同士で談合をして決めてくれないかという意見も出たが、口頭でのやり取りに基づいて投票をすることになった。

私の感想としては、限られた情報と時間の中での最良の意思決定ができたのではないかと思う。提案者のスピーチの出来、委員の質問とそれに対する答えの質、相手の案との比較を含む後半の発言の内容など、ディベート能力の重要性を改めて認識する経験だった。ただし、こういったディベートが行われるのは、残念ながら私の知っている範囲の会議では珍しいことである。議長を兼ねる組織の長が「○○としたいと思いますので、ご了承願えますか?…(沈黙)…ご了承いただいたようです。」と言って決まってしまうことがよくある。また別の組織では、賛成、反対、その他の意見が延々と続き同じ論点が繰り返され、ほとんどの参加者は聞いていない、ということも多い。時間を限ってディベートをしたらいいのにと思うことが多い。

実社会に基盤を持たないディベート活動には限界がある。もちろん、競技ディベートはそれ自体が目的になり得る。甲子園やプロ野球を頂点として目指し日頃の練習に励むように、ディベートの全国大会を目指して訓練・準備に励むという構図も可能ではある。そこには何も実社会に対応するもの(ディベート)が存在しなくても、ディベート自体を目的とした活動の体系が存在できる。しかし、このようなディベート活動に大きな発展は望めないだろう。教室においては、いくらディベートの重要性を強調してもむなしいものになってしまう。ディベートのためのディベート(仮想現実の中だけのディベート)は何をやってもいいというゲーム性が強くなり、現実世界では倫理的に許されないような議論も容認されやすい。

日本の社会はどこまでディベートを受け入れていけばいいのだろうか。ディベートを受け入れることは、ディベートが発展してきた文化の意思決定の方法、コミュニケーションの特徴、価値観、などを受け入れることにもつながる。それは日本の社会や文化にとって相容れない部分もあるだろう。それでも、今よりはディベートを使えばもっと効率的に意思決定ができる場面は多いはずだ。世界の中でもディベートは決して普遍的なものでもないが、国際交渉に携わるような人々はディベート能力を身につけていることが多いだろう。日本人にとっての理想は、ディベート能力を身につけ、必要に応じて使うことができるようになることである。                              (いのうえ ならひこ 九州大学助教授)

 

 目次

1997年度第2回理事会報告抜粋

1997年11月28日に開催された、理事会の議事録の抜粋です。

1997年度後期のディベート大会結果

1997年度後期の大会結果を掲載しています。

第1回One-Dayディべート・セミナー

1998年3月7日(土)に開催予定のディベート・セミナーの案内と申込書を掲載しています。

第4回JDA日本語ディベート大会

1998年3月31日(土)に開催予定の大会の実施要綱、会場までの地図、申込書を掲載しています。

日米交歓ディベート '98日本代表決定

1998年の2月から3月にかけて米国で開催される日米交換ディベートツアーの参加者が決定しました。

「ディベ−トの授業」紹介(1)

教員間の情報交換のため、日本の大学、短大で開講されているディベート関係の講義の内容を掲載しています。

英文セオリーブック無料配布のお知らせ

団体会員へ、セオリーの勉強のサポートのため、Star A Muir & M. David Snowball. _ A Conspectus of Theory and Practice in Academic Debate_のコピーをニューズレターに同封しました。英語の勉強にもなりますのでご活用下さい。

ディベート新刊書(2)

全国教室ディベート連盟編「第2回ディベート甲子園 -中学/高校決勝戦・全記録」の書評を掲載しています。

編集後記

 

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