第四回JDA日本語ディベート大会A部門

決勝戦

命題:「日本政府は、刑事裁判において証拠として認められる範囲を拡大すべきであるか?」

筑波大学チーム vs.加藤・武井チーム

1998年3月21日

(編集 安藤温敏)


 

はじめに

 

 1998年3月21日、神田外語大学(千葉市美浜区若葉)にて、第四回JDA日本語ディベート大会が開催された。

 この大会では、参加者はA部門(1998年前期JDA推薦プロポジション使用、10チーム参加)とB部門(1998年第三回ディベート甲子園高校生の部論題使用、14チーム参加)にわかれ、それぞれ二試合の予選を行ったあと上位二チームによる決勝戦を行った。本トランスクリプトは、このうちA部門の決勝戦の模様を収録したものである。

 論題は、「日本政府は、刑事裁判において証拠として認められる範囲を拡大すべきである」。

 決勝戦に残ったチームは、肯定側が筑波大学チーム(小高正裕、原潤子)、否定側が加藤・武井チーム(加藤宏、武井耕一)である。この試合の審査員は、川田元氏(東京三菱銀行)、篠智彰氏(東芝)、安井省侍郎氏(労働省)、古宅文衛氏(日本総研)、倉野充裕氏(日本テレコム)の5名。

 5名の審査員全員が、否定側に投票し、加藤・武井チームが優勝した。また、審査員による投票の結果、この試合における最優秀ディベーターとして、加藤・武井チームの武井耕一氏が選出された。

 本トランスクリプトは、ビデオテープによる録画・録音をもとに、各ディベーターのチェックの下、極力喋った内容をそのまま記載している。なお、使用された証拠資料に関して、検証、ページ数の確認等は一切行っていないので、ここから証拠資料を採取したい方は、ご自分で調査していただきたい。


肯定側第一立論:小高正裕 筑波大学チーム

 

肯定側は、日本政府は刑事裁判における証拠範囲の拡大をすべきと考えます。そこで、別件逮捕で得た証拠の使用を許可するという提案をしたいと思います。まず、別件逮捕について説明します。

 

A-1)別件逮捕とは、ある事件のために別の事件の容疑で逮捕・取り調べをすることです。

 

慶應義塾大学の安富教授の92年の著作によると、「一般的には、別件逮捕は、本件について逮捕の用件が具備していないのに、その取り調べのために、用件の具備している別件で逮捕することをいうと定義される。」ということです。

 

A-2)別件逮捕は現在違法です。

 

弁護士の中島氏の96年の著作によると、「軽微な事件でとりあえず逮捕し、そして重罪の自白を引き出すという別件逮捕は、わが国の刑事警察の伝統的な捜査方法のひとつだ(中略)しかし、刑事訴訟法の原則からいえば別件逮捕は明らかに違法なのだ。」ということです。

 

A-3)よって、別件逮捕によって得た情報は証拠として使用できません。

 

95年のAERAによると、「(別件逮捕)は、狭山事件の上告に対する1977年の最高裁判決で否定されている。さらに別件逮捕とみなされると、その期間中取り調べた内容は証拠とできず、逮捕・拘留された事件がそれ自体で立件できる場合でも、本件の取り調べは任意でなければならないという判決が、5年前、浦和地裁で出されている。そのため『別件逮捕』という言葉は捜査側にとって禁句だ。」というように説明されています。

 

このように、別件逮捕から得た証拠が使えない上に、警察が容疑者を適切に取り調べすることができない状況であるわけです。

 

…次のフローシートに行っていただいて…

 

しかし現在、この別件逮捕が必要とされる状況になっています。理由として、犯罪の複雑化が挙げられます。

 

B-1)近年、組織犯罪が頻発しています。

 

東京大学、前田雅英教授の97年の著作によると、「ここ数年の犯罪情勢について、96年版『犯罪白書』は『統計資料による限り、全体として顕著な変動はない』と分析している。しかし続けて、オウム事件の他に銃器犯罪などの頻発を指摘し、『犯罪や社会に新たな質的変化が生じていないかの分析もおろそかにするべきではない』との警戒的な見方もしめした」ということです。

 

B-2)なおかつ、組織犯罪は複雑巧妙化しています。

 

熊本日日新聞97年によりますと、「組織犯罪は、個人犯罪と異なり、捜査も、個人犯罪の手法では目的を達しないほど複雑巧妙化しているのは事実である。」ということです。B-3)そして、別件逮捕が、組織犯罪への有効な対処方法であります。中央大学の渥美教授の95年の著作によると、「確かに、個人に対してより大きな犯罪のために微罪を口実にカマをかけて追求するのは許されない。だが、暴力団、企業、テロリスト集団など組織犯罪の捜査は、外部の小さな兆候をとらえないと、中でなにが行われているか分からない。」ということです。

 

…次のフローシートに行ってください。

 

この組織犯罪を放置することで、以下の3つの弊害が発生します。

 

C-1)1つ目の弊害は、組織犯罪のエスカレートです。

 

組織犯罪を放置することで次々に、重大な犯罪が起こります。95年の週刊現代によると、「オウム真理教による未曾有の凶悪事件は、容疑者の逮捕が遅れれば遅れるほど、多数の国民を巻き込む、さらなる大犯罪につながる危険性があった」ということです。

 

C-2)2つ目の弊害は、社会正義の乱れです。

 

組織犯罪が処罰されないのは社会正義に反します。桐蔭学園横浜大学の中目野助教授は、97年の著作の中で、刑罰と社会正義の重要さを説いています。「犯罪者を摘発し、裁判に付し、処罰するという一連の活動は『正義』を実現するために行われます。」ということです。

 

C-3)さらに3つ目の弊害として、社会全体の犯罪増加があります。

 

組織犯罪が放置されると、刑罰の抑止力が下がり、犯罪が増えます。佐藤友之氏の81年の著作によると、「関沢正夫は、まず、前文にあたる部分で、『現実に発生した犯罪を検挙し、社会秩序を維持しなければならない行政上の責任を負うがゆえに、法の理念の貫徹を志向しながらも、実際に発生した個々の事件については現実主義に立脚せざるを得ない警察の立場から、捜査実務の面における別件逮捕の問題を考察』するとして、別件逮捕に様々な批判があることにふれながらも、『われわれとしては、経験的にではあるが、犯罪が確実に検挙され、処罰されることは犯罪の抑止に役立つと信じている』」と述べられています。

 

このような組織犯罪の弊害を防ぐために、肯定側は次のプランの採択を提案します。

 

日本政府は、別件逮捕で得られる証拠の使用を許可する法律の制定を提案します。具体的に2つのプロセスを提案します。

 

A)別件逮捕を認める

B)別件逮捕で得られる証拠の使用を認める。

 

このプランの採択により、次のように弊害を防ぎます。

 

D-1)早期の逮捕により、重大な組織犯罪を防止します。

 

弁護士の中島氏も、「日本の論点」で次のように述べています。「警察は今回『あらゆる法規を適用して逮捕する』と宣言して、そのとおりしゃにむに微罪逮捕、別件逮捕に踏み切った。結果的にはこれは事件解明の突破口となり、より大きな惨劇を未然に防止した。」ということです。

 

D-2)プランの採択により社会正義が保たれます。

 

プランにより、組織犯罪の取り調べが容易になります。それにより、犯罪組織の動向を少しずつ明らかにしていくことで、これまで解決されずに闇にほうむられていた組織犯罪が解明されるのです。罪を犯した組織が、正しく罰せられることで社会正義が保たれます。

 

D-3)組織犯罪が摘発されることで、社会全体の犯罪が減ります。

 

組織犯罪が正しく罰せられることで、犯罪に対する正しい意識が保たれます。長期的には、犯罪の少ない社会の形成につながるわけです。以上です。


否定側質疑:武井→小高

 

武井:質問します。まず、プランについてお聞きしたいんですが、別件逮捕は現在違法である、という主張をされているんですけれども、その違法性の根拠というのは、法律でいうと、どういう法律の何条になるんでしょうか。

小高:何条かまでは分からないんですが、刑事訴訟法に違反する、ということです。

武井:刑事訴訟法の条文に、「別件逮捕は違法である」という規定があるわけですか。

小高:そうですね。

武井:では、あとで条文を見せてください。そして、あの…別件逮捕というのは、具体的にお聞きしますと、例えば私が、なんですか…オウムのですね、サリンの事件の首謀者である場合に、その容疑ではなくて、私が、車のスピード違反で捕まった、という容疑で、逮捕状が出て取り調べを受ける、と、こういうことですか。

小高:はい。それでその取り調べの過程で、令状の出ていない、例えばその…オウムの事件のような、そちらのより大きな別件の方の取り調べをする、と…

武井:…ですよね。そういう質問がきて、私が、当然黙秘権ありますから、その犯罪については黙った場合はどうなるんですか。

小高:あなたがもし黙れた場合には、えっと…どうなるんでしょう。あの…警察は、他の証拠を探すなりなんなりするのでしょう。

武井:では、別件逮捕で、車に乗ってスピード違反で捕まって拘留されている間、本命である、オウムの事件のことを黙っている場合、拘留期限が切れたらまた出て行くわけですか。

小高:そしたらまた別件逮捕するんじゃないですか。

武井:ああ、また、じゃあ連れられて、また黙ってたらどうするんですか。

小高:それは…どうするんでしょうねえ。

武井:もう少し強制的に「吐け吐け」というふうな、拷問みたいな自白を強制するような…

小高:現在拷問は行われていないと思います。

武井:であれば、また出ていって、また呼ばれて、また出ていって、呼ばれて、…で、どうなるんですか。

小高:その繰り返しでしょう。

武井:繰り返し…

小高:ただ、全ての犯罪者、被疑者がそのような行動をとるとは思われません。

武井:もっと、正直にしゃべる、ということですか。

小高:そうですね、はい。

武井:わかりました。すいません、どうもありがとうございます。それでですね、現状で、仮に、別件逮捕で収集した本命事件の証言が、認められて…違法だとしても…そちらのプランと現状で変わるのは、捜査の方法が違法から適法になる、というところなわけですね。

小高:その証拠…現在では、別件逮捕によって得られた証拠の証拠能力が、裁判の過程においてないので、そのような、別件逮捕によって被疑者を逮捕したとしても、そこから有罪に持っていくことはできないので、別件逮捕の必要性が説かれている、ということです。

武井:はい、以上です。


否定側第一立論:加藤宏 加藤・武井チーム

 

それでは、否定側の第一立論を始めます。私たちがこのディベートで展開したい論点は、大きく分けて三つあります。

 

まず、別件逮捕の合法化という、この肯定側のプランと、本日の論題とは、関係がありません。これがひとつ、これは後ほど詳しく説明します。

 

二番目に、別件逮捕を認めますと、様々な公共の福祉の…なんていうんですか…阻害、あるいは人権の侵害等といったデメリットが起こります。

 

そして、三番目に、彼らのプランは実際にはワークしません。という、三つの論点からやります。第二、第三の論点は、パートナーの武井が後ほど述べるとして、私はまずその、第一の点、このプランと今日の論題との間に、実際、実体的な関係があるのか、ということについて論じます。

 

一言でいいますと、この、論題との関係がない、ということはですね、肯定側のプランは、捜査方法の、合法である…合法である捜査方法の範囲を広げる、ということであって、裁判において認められる証拠の範囲を広げることにはつながらない、ということなんです。で、証拠ということについては、一応ちょっと細かい議論が必要ですので、少し、証拠とは何ぞやということについて、以下説明をいたします。

 

安富教授、慶応大学の先生ですけれども、この方の「やさしい刑事訴訟法」にそって以下説明します。引用です。「証拠は、事実の認定に用いるために、証拠能力と証明力がなければならない。(中略)証拠能力とは、犯罪事実の認定に用いることができる法律上の資格(証拠の許容性)を言う。証拠能力がない場合は、公判廷に提出して証拠調べをすることができない。(中略)これに対して証明力は、事実を認定させるための証拠の実質的な価値をいう。証拠の証明力は自由心証主義(刑訴法318条)により、裁判官の自由な評価にゆだねられる。」引用終わります。

 

ちょっと分かりにくいですけれども、例を挙げるとこういうことです。日本国憲法の38条2項に、次のようにあります。「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることはできない。」…証拠とすることはできない。引用終わります。ということはですね、仮にその証拠が真実であったとしても、裁判における証拠としては認められない、つまり、土俵にあげることができない、ということが証拠能力であり、そしてこの論題における「証拠として認められる範囲」ということなんですね。

 

さて、ですからこの点に照らしますと、肯定側のプランは何をいっているかといいますと、合法的に認められた証拠はですね、今までも合法だった訳ですけども…つまり、別件逮捕によって収集した証拠を認めなさい、と言ってるんですけれども、それは、合法な手段によって認められた証拠を裁判において認めなさい、と言っていることに他ならないわけです。

しかるに、現状においては、合法的に収集された証拠はすでに裁判において認められているわけですから、仮に彼らのプランを採択したとしても、裁判において認められる証拠の範囲というのは広がらないわけです。これが一点。

 

そして、この論題に関して言いますと、もう一つのポイントがありまして、実際には今でもですね、仮に別件…確かに別件逮捕は違法だとしましょう。しかし、違法であったとしても、その結果として収集された証拠が今裁判において認められていないか、というと、必ずしもそうではありません。

 

違法に収集された証拠であっても、認められる例があります。

 

証拠を引用します。これは、同じく安富教授の著書の173ページに書いてあります。以下引用です。「違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられていると解するのが相当であるところ、証拠物は押収手続きが違法であっても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変わりのないこと等、証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続きに違法があると直ちにその証拠能力を否定することはできない。」引用終わります。

 

これは、最高裁の判例です。これは、最高裁の判例を、安富先生がその著書の中で引用しているわけですね。したがって、先ほど狭山裁判の例を出されましたけれども、あの例をもってして、別件逮捕の…によって、収集された証拠が、現在裁判において認められていない、ということを論ずることはできません。むしろ、実際に違法に収集された証拠であっても、裁判によって証拠能力を認められ、それによって有罪判決が出る…あるいは無罪になるかも知れませんけれども、とにかく、土俵にあげられた、裁判において認められた、という事実はあるわけです。したがって、現状においてすでに、彼らの言っているところの別件逮捕による収集もですね、その証拠能力は事案によって認められていますから、このプランを採用する理由はありません。

 

ということで、論題との関係は…このプランと論題との関係はない、という風に考えますから、我々はこのプランを採用することを支持いたしません。

 

そして、二番目にですね…今度、三番目の論点に行きたいと思いますけれども、先ほど私のパートナーが、質問の時に明らかにしましたけども、別件逮捕をしたからといって、その結果収集された資料がですね、実際に犯人が…被疑者がですね…黙っていれば、実際…その、有効な情報を提供する、という理由はありませんから、実際、この別件逮捕を導入したからといって、組織犯罪の摘発に有効な役割を…が期待されるとは論じられないと思います。以上です。


肯定側質疑:小高→加藤

 

小高:よろしいですか。

加藤:どうぞ。

小高:まず、その、命題との関わりについてなんですけれども、では、どのようなプランが命題性を満たすと思われますか。

加藤:それはそちらが考えることだと思いますけど。(笑)

小高:もし、肯定側として、命題性に合ったプランを提出することができないような解釈のもとでは、ディベートは成り立たないので、例えば具体例を示して欲しいんですが。

加藤:しかし、それはそちらが論じていただいて、我々がそれを論じるということですので、こちらから提示しろといわれても…立場を変えてくれ、というのであれば話は別ですけど…

小高:それでですね、第二の論点において、現在でも違法に収集された証拠でも認められた例がある、とおっしゃられましたが、ではなぜ、先ほど肯定側が述べた、狭山事件の際に、最高裁は別件逮捕によって得た証拠の証拠能力を否定したのですか。

加藤:証拠能力を否定したかどうかは、そちらがちゃんとエヴィデンスを読んで明らかにしていただきたいのですけれども、先ほどいいましたように、裁判における証拠というのは証拠能力と証明力の二つがありますから、裁判官が、証拠能力…証明力を否定したのかも知れません。場合によって…その、狭山事件の場合、そのケースに限っていえば、証拠能力は否定されたのかも知れません。しかし、先ほど私が読んだ例によって、違法に収集された証拠能力…証拠物の証拠能力が、認められる場合もある、ということを私は申し上げております。

小高:そういう場合もある、と、そういうわけですよね。

加藤:はい。

小高:すいません、読んだ物を…(否定側の証拠資料を受け取る)

加藤:(読んだ部分に印をつけながら)ここだけですから。他のところは見ないでくださいね。(笑)

小高:それで先ほどの話なんですけど、狭山事件の際には、この、私たちのA-3のエヴィデンスはですね、別件逮捕とみなされると、「その期間中取り調べた内容は証拠とできず」と書いてあるんですけど、これはまさにあなた方のおっしゃられた、証明力…証拠能力ですね、証拠能力がない、という解釈だと思うんですけど…

加藤:…

小高:で、私たちは、つまり、認められる場合もあれば、認められない場合もある、そういうことですよね。

加藤:ですから、私が言いたかったのは、合法に収集された…(時間です)…あ、すいません。


肯定側第二立論:原潤子 筑波大学チーム

 

よろしいでしょうか。それでは始めたいと思います。

 

肯定側としては、第一立論で否定側から出された、我々のプランが論題外である、といったことに関して、二つの観点から答えたいと思っています。

 

一つの観点は、論題の範囲といったものを解釈するときの基準を設けるべきではないか、と思っております。で、その理由としてはですね、ディベートにおいては、やはり論題内で議論をするというルールがある限り、論題をどのように解釈するか、といったことにもルールが求められるのではないか、という風に考えております。このルールがない限りですね、お互いがお互いに、各々の、自分のルールに沿って解釈をしてしまう。その結果…その結果ですね、ある時はお互いが…肯定側、否定側が好き勝手な議論を出すことによって、きちっとした議論ができない状況になるかもしれない、と。あるいは、否定側の無理矢理な解釈によって、肯定側が、中身のある議論をできなくなるかも知れない、といったことがあるように思います。

 

そこで、我々は、論題を解釈する基準を設けるべきではないかと思います。具体的には、我々は、文脈から論題の範囲を測定する、といったことを提案したいと思います。おそらく、日本語を勉強された方ならだれでも分かると思うんですけれども、日本語は単語の集まりです。で、この集め方によって、いろんな意味が変わってくるわけですね。なので、一文だけではなくて、この論題トータルの文章の文脈といったものを考えた中で論題の解釈をするべきではないか、という風に考えております。

 

次に、我々の、論題外である、という肯定側の議論に対する反論はですね、我々が…我々のプランが、論題の中に当てはまっている、ということであります。まず、否定側の議論を整理すると、我々が論題の外にある理由はですね、証拠能力のうちの、証明力といったものに関して、すでに認められているからである…といったところであるように思います。

 

もう一点はですね、おそらく、証拠能力がたまに認められることがある、これをもって、我々が論題の外からはずれている、という風に否定側は言っているのかと思います。でですね、否定側の議論をもとに、解釈をしていくとですね、まず、我々…この…議論の中では、肯定側は、証拠能力の拡大をするべきであるわけです。で、証拠能力に関して、否定側から二つ出ています…あ…証拠ですね。証拠の意味について出ています。

 

一つは証拠能力。これは、裁判で認められるか認められないか。

それからもう一つは証明力。

 

で、我々は、証拠能力といった点で、別件逮捕で得られた証拠がやはり、裁判で認められていないのではないかと考えます。それは…二点目がですね、それは、我々の…肯定側の提案であるAの3番目で証明されております。実際に、最高裁の判決で、時にはですね、それが認められない、ということが発生しております。よって、この、裁判で現状を…別件逮捕での証拠というのは認められない限りにおいて、我々のプランを採択することによって、裁判で全ての別件逮捕の証拠を認めるわけですから、我々は、この議論の中で十分議論できているのではないかと考えております。

 

最後にですね、我々が一つ主張したいことがあります。それは、彼らの論題外の議論の二点目です。彼らは、たまに…時には裁判官によって認められる証拠が別件逮捕ではある。だから我々は論題外である、といったことを主張しておりますが、我々は、この解釈は正しくないと考えております。

それはですね、これというのは、特に別件逮捕に限った法律の条文ではなく、全ての証拠に対する条文なわけですね。ていうことは、この論題の求めるところの刑事証…刑事裁判における証拠が、すべて、この彼らの解釈の中に入るわけです。要はですね、違法証拠は解釈によって決まるということは、証拠というのは全て解釈によって決まってしまうわけです。

ということは、この論題の前提としては、今認められない証拠というのが確実に存在するという前提があるわけですが、この論題の前提であるところの、「認められない証拠が存在する」という前提と、彼らの…そうでないとやっぱりプランというのは出せないと思うんですけれども、彼らの言うところの「違法証拠は解釈によって決まる」というのと…これは解釈ですから、全ての証拠は全て解釈で決まってしまうかも知れないというわけですよね。そうすると、全くプランとして出せる提案がございません。そういったことは、おそらくこの文脈…そういった解釈は(時間です)おそらくこの、文脈から外れていると思うので、良くないと思います。以上です。


否定側質疑:加藤→原

 

加藤:はい。始めます。先ほど、第一立論者に対して、私たちのパートナーの武井が、別件逮捕の違法性についてご質問しまして、刑訴法上の条文の根拠を示してください、とお願いしたと思いますけれども、それはまだ読まれてらっしゃいませんですね。

原:えーとですね、第二立論の中にあったんですね…それは、ケースの…すいません、我々の提案のAの3番にてご説明しております。

加藤:はい、ですから条文をちょっと読んでいただきたいんですけれど、ありますか。

原:えーと、結論としてはですね、今違法とされているのは、いわゆるその、最高裁の解釈の中で違法とされている、ということです。

加藤:はい、じゃあ今違法である別件逮捕を合法化してください、とおっしゃっているわけですね。

原:はい。

加藤:はい。で、あの…合法な手段によって集められた証拠というのは、実際裁判によって認められるわけですね。

原:合法な手段によって集められた証拠は裁判によって認められる…

加藤:そうですね。じゃあ、今、合法…裁判…であるとすれば、プランを採択することによって、別件逮捕によって得られた証拠というものが、晴れて合法的な手段によって得られた証拠というステータスを得る、そういうことですね。

原:そうですね。今、合法とみなされていないものを合法とすることで、裁判における証拠能力を与える、というプランです。

加藤:なるほど。ということは、裁判所に提出される証拠の量が変わるわけですね。

原:証拠の量ではなくて…

加藤:つまりここまで…

原:証拠の範囲です。

加藤:範囲…

原:あ…証拠の量です。(笑)

加藤:ですよね。ですから、裁判所が、この証拠が…つまり、裁判の土俵にあがっていい、悪い、という、その判断そのものは変わらないわけですね。

原:裁判所の判断そのもの…裁判所が判断することですか。

加藤:そうです。

原:裁判所が…我々のプランにおいては、裁判所が判断するのではなくて、最終的に法律で制定化するので、裁判所の解釈は必要なくなります。

加藤:裁判所の解釈はいらないんですか。

原:はい。

加藤:しかし、裁判所は、その証拠に、証拠能力があるかどうか、というのをいちいちチェックするんじゃないんですか。

原:いや、しません。

加藤:しない、というご理解で議論されているわけですね。わかりました。ありがとうございます。以上です。


否定側第二立論:武井耕一 加藤・武井チーム

 

じゃ、始めます。まず、肯定側の論題の充当性についてですが、私たちが主張しているのは、肯定側のアクションというのは、捜査手段を違法から合法に変えることであって、証拠能力を否定する範囲自体は変えない、ということです。

 

肯定側がよってかかっている、証拠能力による法制についてのエヴィデンスというのは、これは実際は最高裁の判例でして、取り調べに違法があった時に、後に、証拠能力が否定されている、という内容です。ですから、もともとの規則というのは、違法に収集された証拠は証拠能力がない、という判例上のルールであって、肯定側のアクションは、別件逮捕を、違法から適法にすることによって、違法証拠排除のルールが当てはまらないような形に、その証拠をもっていく、というのがプランです。

 

ですから、証拠の認められる範囲自体を広げるのではなくて、肯定側のアクションによって結果として認められ「た」証拠が増える、と。結果として範囲が広がる、というのはダメです。なぜかというと、ここで言っているのは認められる「べき」範囲であって、認められ「た」範囲ではないからです。

 

まず…次に、肯定側のプランが働くかどうかですが、働かないと主張します。私の反対尋問を思い出していただきたいのですが、別件で捕まって拘留されている間に本人が、本命の事件のことについて白状しない場合はまた、出て行って、また呼ばれて、黙っていれば、出ていい、と…ですから、仮に別件で拘留すること自体はできても、その拘留の間に、犯人が本命の事件のことを自白する保証は一切ないわけです。ですから、仮に肯定側のプランを採っても、何も変わらない。犯人は、そんな大事なことは言わないと思います。

 

次に、肯定側のプランによってアドバンテージが得られるかどうかについて議論します。まずD-1)早期の逮捕により、組織犯罪の防止をする。これは、彼らの証拠は、一切それについては証明しておりません。ここで述べているのは、オウムの事件かなにか分かりませんが、警察は、今回はあらゆる法規を適用して逮捕宣言して、その通り、微罪別件逮捕をした、と…。結果的に事件解明の突破口となり、より大きな惨劇を未然に防止した、と書いてありますが、オウムの事件に限って言うと、全部、もう、事件は起きてしまったわけです。何を未然に防止したのかについては、一切触れられていません。また、犯罪が起きる前に、防止する、ということであれば、彼らのプランによる別件逮捕はもう、何の…今の時点で何の被疑もない人も、捕まえられることになりますから、これは非常によろしくない、と考えます。

 

また、二つ目として、先ほど言ったように、本人が黙っていれば、本命の犯罪について一切証言しなくていいわけですから、アドバンテージは得られない。

 

D-2)社会正義ですが、これは、別件逮捕を合法化しても、社会正義は変わらない。なぜならば黙っていれば、何も出て来ずに、変わらないからです。で、かえって、私たちは、別件逮捕を許すことによって社会の不正義が低くなる…不正義が増える、と、後で、不利益で言います。

 

また、全体の犯罪、D-3)の弊害についても、D-2)に対する反論と同じ理由で、得られないと主張します。

 

では、デメリット1、冤罪が増える。肯定側のプランは、容疑のある人の拘留期間を増やし、検察側による恣意的な、強制的な尋問をするチャンスを増やします。これはアファのプランそのものです。別件によって警察が連れていく、拘留をする。

 

二番目に、日本の取り調べの段階での、証言を取る過程は、任意性のない証言を強制により取る傾向があるということです。この理由は、日本の場合、弁護士による被疑者の接見権の制限があり、事実上それが捜査側によってうまく利用されて、被疑者は弁護士に十分相談することができないのです。

 

これについては、ジュリストの「刑事訴訟法の争点」山中俊夫、同志社大教授、74ページ。引用「従来、現実の運用においては、捜査のため必要があるとき、を理由とする指定、同じくそれを理由とする一般的接見指定措置、執務時間外の接見禁止措置、余罪捜査を理由とする接見指定措置、などがとられてきた。」

 

ここでですね、接見の権利の中には一部の制限があって、捜査側はそれをうまいこと使うことによって、一定の期間、弁護士と会わせないようにすることができます。そういう中で、詰問されたらですね、本当に任意ではなく、無理矢理、強制的に発言をせざるを得なくなる状況が出ると私たちは主張します。

 

三番目の点として、いったん捜査の段階で自白をしてしまうと、裁判でそれをひっくり返すのは、日本の裁判上、無理です。

 

谷口正孝、元最高裁判事「裁判について考える」89年、104ページです。「ここで自白というのは、…」すいません、間違えました。多田、九州国際大学の助教授ですが、「刑事訴訟法の争点」199ページ。「現実には被告人が任意性を疑わしめる個々の具体的事例を詳細に供述し、検察側がその主張を否定するだけという運用が裁判で見られる。これでははじめから任意性が推定されているに等しく、問題であるばかりか、(取り調べ過程の)可視性の低さゆえに、被告人がその推定を覆すことはほとんど不可能に近い。」

 

ですから、日本の場合、いったん捜査の段階で自白すると、裁判で実際、それを覆すこと、というのはできません。さらに、いったん間違った、任意性のない自白が裁判で認められることによって、冤罪が起きます。「裁判について考える」谷口元最高裁判事、96ページ。「謝った裁判は、無実の人の人生を台無しにするばかりでなく、真犯人を逃してしまうという意味で二重の大罪である。」

 

デメリットの二つ目は、時間がないのでないです。以上です。


肯定側質疑:原→武井

 

 

原:論題外の議論について、もう一度確認をさせていただきたいと思います。論題外にあるという議論は、二つですか、それとも一つですか。

武井:私が言ったのは一つです。で、彼が言ったのは、すいません、ちょっと聞いてなかったので…(笑)とりあえず、私が言ったことはですね、肯定側のプランは、捜査の方法を変えるだけであって、捜査能力を否定する部分自体は変えてない、結果として範囲が広がっている、ということです。

原:では、その一つ…おっしゃられた一つの理由なんですが、なぜ…なぜ、肯定側の提案が論題外にあるのか、ということを確認したいんですが…確認したいのは、今認められていないもの…今ゼロであるものを、例えば十にすると、それはダメである、ということですか。

武井:いえ、十にする方法が、認められるかどうかの…認められるかどうかに関するルールを広げるようなものであればいいんですけれども、そこにはない、別のところのルールを変えることによって、結果として認められる範囲が広がりました、というロジックはまずい、と言っているわけです。

原:ではですね、参考のために教えていただきたいんですが、具体的に、どのようなプランが、今のそういったルールを変えることなしに、結果として証拠能力拡大、ということにつながるんでしょうか。

武井:ええ、少なくとも三つあるんですけれども、一つは、おっしゃってます違法収集の…違法収集証拠の排除、という規則が判例上ありまして、これはまさに証拠能力自体を認めて…規制してます。ですから、違法収集証拠に、証拠能力を与える、というプランはもちろん論題として問題ないですし、強制による自白の証拠能力を認める、というプランも問題ないですし、もう一つは、伝聞証拠に証拠能力を認める、というのも問題ないです。

原:わかりました。で、我々のプランであるところの、別件逮捕で得られた証拠を、証拠として認める、というプランがありますが、これに関しては、なぜダメなんでしょうか。

武井:ですから、現状で、別件逮捕で得られた証拠が認められていない、というのは、違法収集証拠は排除しろ、という判例上の規則があるからであって、この、違法収集証拠の排除の規則は変わらない…

原:ということは、別件逮捕をすること以外から出ている議題に関してはOKということですか。

武井:すいません、今のちょっと…

原:別件逮捕をすること以外…(時間です)


否定側第一反駁:加藤宏 加藤・武井チーム

 

それでは否定側の第一反駁を始めたいと思います。

 

最初にデメリットについていくつかエヴィデンスを読みまして、その次に、ちょっとみなさんも、なにか、混乱されていると思いますけれども、論題充当性のところにもう一度戻りたいと思います。

 

先ほど、私のパートナーが、別件逮捕しますと、冤罪が増えるということで、結局、捜査期間が増えてですね、ある見込みに基づいて、警察が一生懸命捜査をするわけですから、その結果様々なデメリットが生ずるわけですね。で、現在別件逮捕が違法とされているということ自体はですね、それが、そのような実態的なデメリットを生むから…であればこそでございまして、したがってこれを合法化するということは、まさに現行の法令が予想しているような様々なデメリットが起こる、ということです。

 

いくつかエヴィデンスを読みたいと思いますけれども、「裁判について考える」という、谷口正孝さん、これは元最高裁判事の方の証言なんですけれども、このように言っています。

 

「裁判について考える」という著書なんですけれども、以下引用です。「再審無罪判決の軌跡をたどれば、行き着くところに、真実を曲げた被告人の捜査過程における自白の偏重、無実の者がありもしない事実を自白するがごときことがあろうはずがない、という裁判官の予断と偏見があった…」ということです。

 

ちょっと分かりにくい引用になってしまってしまったかも知れませんけれども、例えばですね、別件逮捕によって問題が起きる、というのは、肯定側が、第一立論で言った狭山事件において、そもそも認められて、もしそうであるとすればですね、つまり、別件逮捕によって、違法な捜査がなされ、その結果無罪の、その…なんとか青年という方が、長い間裁判で苦しめられた、ということは、まさに、別件逮捕を行うということによって、その、狭山事件に見られるような、問題が起きる、ということに他なりません。

 

したがって、肯定側第一立論は、そもそも自ら別件逮捕の問題点を、自ら認めている、ということに他ならないと思います。

 

それからですね、それでは次に、例の論題充当性の話に戻りたいと思うんですけれども、分かりにくいかも知れませんけれども、我々はこういう風に言っているんですね。もしですよ、仮に…別件逮捕が違法か合法かというのは議論が分かれていますけれども、仮にそれが合法であるとしましょう。…合法になったとしましょう、プランの採択によって。そうしますと、そのあかつきにおいては、当然、違法収集証拠、という現在の判例上のルールから除外されますから、裁判所に提出される証拠の量は増えます。

 

しかし、違法収集証拠は認めてはならないという、まさに裁判上のルールそのものには変わりがありません。したがって、論題とプランの関係がない、ということです。それから、よしんば…仮にですね、別件逮捕が違法であったとしてもですね、私が最初に読みました、最高裁判決にもありますように、事案によっては、違法に収集された証拠も証拠能力を認められるということがあるわけですね。ですから、現状においても、場合によっては別件逮捕によって収集された証拠の証拠能力が認められることがありますから、この、肯定側のプランを採択するという理由はない、ということになります。以上です。


肯定側第一反駁:小高正裕 筑波大学チーム

 

よろしいですか。まずはじめに命題性について議論したいと思います。

 

私たちの一番目の議論としましては、2ACで述べられたように、この命題性を解釈する際には基準を設定しなければいけない。その基準とはなにかといいますと、すでに述べられたように、文脈が必要である、と。文脈に違反している、解釈というのは、全く意味をなさないものである。これは双方が合意したところであります。

 

そして、二番目の議論としましては、これも2ACで述べられたように、例えば、我々が先ほど述べた、狭山事件のケースがあります。狭山事件の際には、別件逮捕によって得られた証拠というものは、証拠能力を否定されてしまった、それで、肯定側のプランのBのところを見てください。肯定側のプランのBというものは、別件逮捕によって集められた証拠に、証拠能力を与える、これが我々のプランであります。そして我々は狭山事件の例でも示したように…我々が思うに、そのような例が過去にたくさんあった、と。別件逮捕によって、証拠はあるんだけど、事実証明力はあるんだけど、その証拠能力がない、そのために、有罪にできなかった、そのようなケースについて、法律を制定して、必ず全ての場合において、証拠能力を、証拠に与える、と。これが我々のプランであり、そして、この議論によって、我々のプランは命題性を満たしていると言うことができると思います。

 

そして、その…2NCでいわれたのは、肯定側のプランというものは、そのプロセスを合法化して、そのエヴィデンス自体…証拠自体を合法化するわけじゃない、と。そしてそれは、結果…影響の結果としてそうなる、だから命題と関係ない、とおっしゃられましたが、この点に関して、

 

まず第一に、どこまでが影響で、どこまでが影響じゃないか、という基準がありません。私たちは、その基準は、否定側が示さなければいけないものなんですが、それは示されていません。このラウンドでは。

 

そして、第二の議論としましては、ですので、その結果として、証拠の範囲が拡大する、と。別件逮捕という捜査方法の合法化によって、その結果として、証拠の範囲も拡大する。この点において、我々のプランは命題性を満たしていると思います。そして、2ACの最後の議論を思い出してください。もし、否定側の言うことが正しければ、全ての証拠は、現状において認められている、ということになります。その、規定がないために。しかし、そのような状態では、肯定側はどんなプランも出すことができない。そうすると、この、彼らの解釈のもとではディベートができない。そうすると…ということは、彼らの解釈は妥当性を欠くということであります。

 

次に、冤罪の話に行ってください。

 

我々の第一の議論は、彼らの、冤罪が起きる理由というものは自白である…自白の強要である、ということです。しかし、現在では、自白単独では証拠とはなりません。河上和雄氏の96年の著作によると、「自白だけで有罪にすると、他の真犯人をかばったり、捜査機関に迎合したりして、真犯人でない者が自白する場合があり、誤判の原因となるため、わが国では、補強証拠が無い限り、有罪にすることはできないとされています。」といわれています。

 

そして、我々の第二の議論としましては、再審制度が冤罪を防ぐことが…再審制度が冤罪を防ぎます。元新聞記者の勢藤氏の83年の著作によると、「他方、再審は無実を主張するものであるから、再審公判の判決いかんによっては、晴れて無罪釈放という場合もありえるわけである。」ということであります。そして、この議論は経験的に証明されています。彼らが1NRで提出した、証拠の中には、実際、過去に、その、再審制度によって無罪になった人の例が挙げられております。

 

そして、私たちの三番目の議論としましては、予防条項として、自白を覆す…裁判中に自白を覆すことを認める、これを主張したいと思います。そして、解決性に行ってください。彼らは、組織犯罪はすでに起きてしまった、と述べていますが、D-1のエヴィデンスは、もし(時間です)…別件逮捕が…


否定側第二反駁:武井耕一 加藤・武井チーム

 

まず最初に申し上げたいのは、これが否定側の最後のスピーチでして、今までに答えられていない肯定側の議論を後で出されても、私たちは反論できませんから、今までに反論されていないものは、もう、取っていただきたい、ということですね。

 

私どもは、肯定側のプランが働くかどうかについて、彼らがすることは、単に拘留期限を長くする…別件逮捕によって。それだけなので、その間に供述がとれる保証は一切ない、と。ですから、現状と、肯定側プランの採択後、何の変化もない、ということを言いましたが、これに対しては、有効な反論は得られていません。

 

彼らのD-1、2、3に関しての議論ですが、これは全て、別件逮捕の間に、何らかの有為な証拠が得られるという前提のもとでのメリットです。でも、そこが一切、彼らから答えられていませんので、D-1、2、3は全て成り立たなくなります。

 

それでは、私どものデメリットを補強したいと思います。冤罪が増える。肯定側の反論は、まず一つとして、自白だけでは有罪にはならない。その通りです。しかし、補強証拠として、第三者の証言を使えば、有罪とすることができます。ひとつ、私が読んだ例ですと、ある犯人が、自白をした、と。で、「自白をした」というのを聞いた第三者が、「ああ、そういえばあの人だった」と、曖昧にも関わらず、本人が自白しているというのに基づいて、であれば、「本人も自白しているのだから、間違いないだろう」と、曖昧な証言をする、と。その証言が、補強証拠として裁判所に提出されて、二つが一致して有罪の基礎となる、という例があります。

 

これについては、「冤罪に抗して」大塚一男、弁護士、元日弁連の人権擁護委員長です。93年5月、177ページ。「誤判の有力な一因は、訴追側が仕立ててくる目撃者などの第三者の証言をたやすく信用することにあります。見込み捜査と、それに影響されて出てきた証言と偏見にとりつかれた裁判官の合流して流れていって落ちつく先は、重大な誤判という結果になります。」

 

ですから、補強証拠を検察側がつくろうと思えば、「犯人はもう自白してるんだ、あなた見たでしょう」「はい、見ました」、そういう形で、第三者の証言という形で補強することが可能なんです。ですから、日本の裁判もしくは捜査の実務を見ると、自白プラス補強証拠、第三者の証言で有罪となる可能性は消えていません。

 

二番目の肯定側の反論は、「じゃあ、再審があるじゃないか」と。でも、再審までに何年拘留されるんでしょうか。何十年か…二十年か三十年か…今までに再審をして無罪となった判決を、みなさんご存じだと思いますが、免田事件も、財田川事件も…おそらく数十年の単位で自由を奪われて、やっとですね、その後出てこれた、と。その間の償いはどうするんですか。この、肯定側のプランを採択することによって、このような人権侵害が起こるリスクが、かなり上がります。

 

私は、先ほど申しましたように、日本の捜査の過程は弁護士との接見の制限があるために、非常に不透明で、強制によって自白が出やすい、と、補強証拠は第三者の証言によってつくられやすい、と。すると、一旦裁判…すいません、捜査段階で認めてしまうと、裁判では覆せないので、有罪となって、再審請求が認められる、数十年後まで、ずっとその人は自由を奪われるわけです。

 

一方、肯定側の主張するメリットは、拘留するだけでは一切発生しないですから、きわめてゼロに近いメリットだと思います。ですから、このきわめてゼロに近いメリットと、冤罪によって人が自由を奪われるというデメリットを比較した場合、明らかに、本日の命題は拒否すべきだと考えます。


肯定側第二反駁:原潤子 筑波大学チーム

 

はい、それでは始めさせていただきたいと思います。

 

この議論のまとめとして、まず、命題性について簡単に確認をしていきたいと思います。それから、最終的に、我々のプランが、その弊害と、それから我々のプランから得られる利益と、比べて、本当に有効なのかどうか、確認したいと思っています。

 

我々は、長期的な視点で見れば、社会全体の犯罪を防ぐ…長期的に犯罪が起こらない社会をつくる、といった意味で、我々のプランは、基本的に利益があるものではないかと考えております。

 

まず、論題…命題性のところです。基本的に、我々の主張…第一立論…第一反駁での主張は認められたと考えております。我々のプランにはですね、その…過去、きちっと証拠が取られていたにも関わらず、別件逮捕であった、というだけで、それが使えなかった、そして、それは…そのために解決できなかった犯罪があり、我々のプランによって、その、過去の証拠といったものをきちっと認める、あるいはそして、その過去の事件といったものを、きちっと犯罪として扱い、刑罰を与え、処罰する、といった利益があります。それによって、我々の二つ目と三つ目の利益が得られるわけです。

 

こういった意味で、我々の提案といったものは、証拠範囲の拡大そのものであるわけで、我々は命題の中に入っている、という風に考えております。

 

次に、我々のプランの利益について、考えたいと思います。

 

まずですね、肯定側の反論といったものは、我々の一つ目の利益に集中しております。それは、今、犯罪を犯しそうな人間を別件逮捕で逮捕し、そこから自白、あるいは証拠調査を始めて、刑罰を与える、というものです。

 

で、この点関して肯定側は、自白するかどうかわからない、といった意味の反論をしています。確かにそれはそうかも知れない、と我々も考えます。なので、全ての利益を我々のプランから得られる、という風には、我々も思っておりません。

 

ただ、場合によっては、そういった自白がスムーズに進んで利益が得られることもあるのではないか、という風に考えております。そこで、我々が主張したいのは、我々のプランから得られる過去の別件逮捕の証拠を使った、過去の犯罪の処罰でございます。で、少なくとも、我々のAの3番目にあるように、過去の狭山事件等々に見られるいろんな事件で、別件逮捕であったがだけのためにですね、闇に葬られていた犯罪といったものがあるわけです。それがまず…それを処罰したいという、我々の利益は残るものと考えます。

 

二つ目に、その処罰によって、…処罰をしないことによって、社会全体が、経済…刑罰を犯しても構わない社会だと思ってしまう。それによって、長期的に犯罪の増える社会になってしまう、それを防ぎたい、という我々の利益があるものと考えます。ここにおいて、否定側の反論といったものは、そういった犯罪を罰する過程において、冤罪になってしまう。それは実は違うんじゃないか、冤罪として罰せられてしまうのではないか、という可能性があるかと思います。

 

で、まずですね、ひとつ彼らの…まずですね、冤罪の起こる可能性が少ないと思うんですね。それはまず、彼らの理由によると、第三者の証拠、といったものがその理由になるらしいんですが、それが本当に、第三者がそそのかされるかわからない、あるいは、冤罪がどのくらい増えるのか、というのは全く見えません。で、それに対して、我々が主張したいのはですね、長期的な視点に立って…関してですね、それはもしかしたら冤罪かも知れない、万が一冤罪かも知れない、ただ、刑罰を与える、といった姿勢を社会に示すことでですね、未解決な事件を少しでも多く解決していくといったことに関してですね、長期的には、これが、犯罪のない社会に役立つのではないかと考えております。

 

よって、まずですね、冤罪の可能性が少ない、あったとしても、我々が罰することで、長期的に犯罪の少ない社会に役立つ(時間です)のではないかと考えております。

 

以上です。(拍手)

 

 



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