日本ディベート協会通信
Volume 23. Number 1
2009.3.31


巻頭言

暖冬だったり,不安定な春だったりと,近年は天候がおかしいねと言うのをよく会話で耳にします。昨年以来の世界同時不況のもたらす漠然とした閉塞感とともに,このままの大量生産的・格差拡大的な資本主義文明のままではいけない,と大きな路線転換を期待する空気になっていることは否めません。

そんな閉塞的な空気の中,どうしても期待が集まるのは,やはりアメリカのオバマ新大統領でしょうか。大統領候補受諾演説では,本人は終始抑制したトーンで話していたのに,観衆の""Yes We Can"が大合唱となっていきました。あのような感動的な演説を聴かせられると,この人なら何か本当にチェンジをもたらしてくれるのでは,と,どうしても期待してしまいます。

オバマ氏が大統領に選ばれるまでのプロセスで,少なからぬ影響をもたらしたのは,やはり三回の大統領テレビ・ディベートPresidential Debatesでしょう。確かにオバマ氏の勝因は,もちろんリーマン・ショックが選挙直前に起こったことなどが最も大きいでしょう。しかしどれだけ経済が悪かろうが,あちらよりこちらなら何とかしてくれるのではと思わせることに成功しなければ得票には結びつかないはずです。そうした意識を作り出すことに,三回のディベートは見事に成功していました。

とりわけ印象的だったのは,相手候補が人格攻撃に持ち込もうとして繰り出した幾つもの論点に対し,防御的に返答するのでなく,常に経済というメインの争点に引き戻すことに巧み成功していることでした。一方で自らの冷静さや,ぶれることのない判断能力をアピールできていただけでなく,他方で間接的に,相手候補にダメージを与えることに成功していたのです。マケイン氏も手慣れたディベートの名手ではありましたが,経済的な難局にもかかわらず些事でネガティブ・キャンペーンを行うという印象を残してしまったのは明らかなマイナスでした。言うまでもなく,言われたことになんでも反論をするのは強いディベートではありません。常に冷静に広く「森」(Big Picture)を見て,「枝葉末節」(small details)にはあくまで必要な限りこだわるというのがあらゆるディベートの鉄則です。が,なかなかできるものではありません。

両候補のディベート能力だけでなく,同時に感心したのは,大統領ディベートの配信についてです。ほんのちょっと前までは,日本にいると,無理をしない限り,NHKなどを通してしか大統領ディベートは観られませんでした(それもだいたいはダイジェストで)。しかし,今回はCNNやNYTなどの主要メディアは,ネットでディベートの動画を配信していました。しかも数時間後には,動画と連動するトランスクリプト(テープ起こし)も掲載されるだけでなく, "Fact Checking"というタグが埋め込まれ,両候補のあげた数値などの「事実」について検証して,「これは正しい」だの「これは不正確」だの検証が細かいレベルまで付け加わっていました。

これほど即座にチェックされるようでは,迂闊なことは全く言えないですし,口先でのごまかしは全くききません。大統領候補者のすぐれたディベート能力をはぐくむのは,やはりディベートを受け取る側の市民と,第四の権力であるマスメディアであると深く思い知らされました。やはりディベートについては,アメリカにまだまだ学ぶことが多いです。

今年は,恒例の日米交歓ディベートが開催される年です。6月頃に日本各地を回る予定ですので,どうか様々なイベントにご参加の上,日米交流を図る機会にしていただければと存じます。もちろんディベート大会を含め,他にも様々な企画が行われる予定です。本年もJDAの活動へのご参加・ご協力よろしくお願い申し上げます。

末筆ではございますが,皆様の一年がどうか幸福なものでありますように。

(やの よしろう JDA会長・中央大学准教授)
目次

●特集●

第14回JDA春期ディベート大会決勝戦
第11回秋期ディベート大会決勝戦出場者の感想

●JDAからのお知らせ●
第46回JDA ディベートセミナー 参加者募集


編集後記

○ 前号から、長い期間が空いてしまいました。お詫び申し上げます。
○ 第11回秋大会のファイナリストの皆様、原稿執筆へのご協力本当にありがとうございました。発行に大変時間がかかり申し訳ございませんでした。

(加藤)







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