ディベート、特にディベート大会の参加者にとって判定とそれに伴う勝敗は大きな関心事である。判定が公平でないと感じることも有るだろう。私自身、学生時代に出場した大会で自分たちのチームが勝ったと信じていて負けた試合を、20年経った今でも覚えている。(「自衛隊を増強すべき」という論題で否定側に立ち、増強を正当化できるだけの日本に対する脅威が無いというような論点を展開していた。)先日のJDA主催の春の大会でも判定や審査基準に関する意見がいろいろ出ていた。そこで、ディベートにおける判定について少し考えてみたい。 まず、人間が日常のことばを用いて賛否両論が可能な論題を議論するディベートにおいて、判定が完全に客観的だとか100パーセント信頼性が有る(何回繰り返しても同じ判定が出る)ということはないことを確認したい。ディベートにおける「証明」は数学や形式論理学の証明とは違って、ある主張に対して「教養有る一般人がおそらくそうであろうと納得できる」証拠と理由付けを提示することである。そういった主張やそれに対する反論が複雑に組み合わさって一つのディベートの試合を作っているのであるから、あいまいなところがどうしても有る。それを人間である審査員が聞いて理解し解釈し即座に判定を下すわけであるから文字どおり完全な判定など有り得ない。また、だからこそディベートは面白く奥が深いのではないだろうか。 審査員は「説得」されるのであり、証明が正しかったかどうかを判定しているのではない。競技としてのディベートを他のゲームやスポーツの試合と比較してみよう。ディベートの審査員は野球の審判とは違う。野球なら、ある打球か安打かどうか、得点が有効かどうか、最終的に何点対何点でどちらのチームが勝ったかは、ほぼ客観的に判定できる。ディベートはフィギュアスケートなどの演技審査や格闘技の判定に少し近いだろう。立論何点、反駁何点、と点数をつけていって合計するような場合はよく似ている。全体の議論の流れを考慮して、「肯定側は論題を証明したか」とか「メリット・デメリットの比較」、といった基準で判定を出す場合は格闘技で一方を「優勢」とするのに似ている。そこに一定の基準は有るが、審査員の「解釈」が不可避である。 このようなディベートの試合の判定に対して、ディベータ―はまずそれを受け入れなければならない。それが競技の掟である。その上で、可能であれば審査員からどのような理由で判定が下されたのかを聞き、どのようにすればより良いディベートができるのかを助言してもらうのが良い。また、ディベータ―はどの審査員にも自分たちの議論を意図したように理解してもらうために説明に工夫しなければならない。審査員によって審査哲学といったものが異なるのもやむ得ないことであるが、審査哲学が異なっても審査員の判定が一致する率は非常に高いという研究も有るようである(出典が手元に無いことをお許し願いたい)。 審査員ももちろんより良い判定をするために努力しなければならない。まず、試合の間、ディベータ―の発言をよく聞き必要なメモ(フロー)を取るのは当然であろう。さらに、ディベートにおける議論の性質について理解を深めたり、論題についての背景知識を身につける努力も必要である。その上で、試合ではディベート理論や論題についての自分の考えにこだわらずにそのディベートで提示された議論にそって判定を下したい。「こう言えばもっと強い議論になるのに」ということを理由に判定を下すのではなく、判定はあくまでも提示された議論の範囲で行い、改善点は試合後にディベータ―に助言するようにしたい。また、判定は結果だけではなく判定に至った経緯や理由をわかりやすくディベータ―に伝える工夫をしなければならない。 大会主催者は、時間や人的経済的条件が許す限り、予選の試合数を増やしたり、一試合に複数の審査員を当てるようにする方が良いだろう。予選の試合を増やせば、せっかく参加したチームがより多くのディベートを経験することができる。また、大会の数が増え、いろいろな地域でいろいろな時期に開催されれば、ディベートの機会が増え、ディベータ―も一つの試合の勝敗にそれほどこだわらなくてもよくなるだろう。 まとめると、ディベートの判定に「完全」なものは有り得ないということを理解した上で、ディベータ―も、審査員も、大会主催者も、より良いディベート、より良い判定を目指して努力していかなければならないということである。
(いのうえ ならひこ 九州大学助教授)
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