日本ディベート協会通信
Volume ]Y. Number 2. 2001
2001.8.25

新会長からの挨拶

鈴木 健


今回,会長の重責を仰せつかりました鈴木です。まだ就任直後でもあり,支部長制の展開や第2回議論学国際会議の開催など,今後の具体的な方針等は新副会長の矢野氏や他の理事会のメンバーとはかって慎重に謙虚にすすめていきたいと思っています。振り返って見れば,わたしとディベートのつきあいは学生時代の英語ディベート時代から数えて20年,J.D.A.の活動は早16年になります。その間,大学院留学中にアメリカでディベートコーチをするなど,ディベートとのつきあいは深まるばかりです。コミュニケーション学を専門とするようになった今も,大学の授業や,社会人対象のセミナーなどディベートを教える機会は枚挙にいとまがありません。

本日は所信表明に代えて,つねづね一教師として感じる政策決定におけるディベートの重要性と日本の議論文化の状況を考えてみたいと思います。ディベートが政策決定に貢献できるポイントは,大きく分けて3点あるでしょう。第1に,「ディベートはシミュレーション(演習)として機能する」。もしも論題にイエスと言ったならば,どのような状況が発生するか,あるいはノーと言ったならば,どうなるのか。直感ではなく,議論と資料,分析に基づいて,現状からの政策変更のリスクとチャンスを天秤にかけることが可能となる。このようにディベートは,専門家の分析や外国の事例に基づいて思考実験をする「発想の訓練」としての側面があります。

2に,「ディベートは民主主義の基礎として重要である」。世代,性差,価値観などにより社会が分断された近代では,政治家がしばしば口にするように時間がたてば「自然と機が熟して世論が形成される」ことはありません。逆に,時間をかければかけるほど反対勢力の力が強くなって,改革は失敗するのがつねです。こうした状況では,ディベートを通じて,暫定的な提案の検証をおこない,世論を形成していくことは不可欠です。政治家,専門家,指導者だけの意見によるのではなく,一般人の不安,希望,不満を踏まえた上で,議論をつくした上で可能な選択肢の中でベストの政策を採択していく。こうした積み重ねが,変化に対応できない前例踏襲主義を排除し,公の議論(public argument)を通じてなされた決定に権威を持たせ,社会の成熟化につながる。

最後に,「ディベートはコミュニケーション・トレーニングである」。ディベートには,相手を丸め込めばよいのだという誤解が一部にありますが,実際には自分の主張を要領よく提示し,相手の反論もよく聞いてノートを取り,的確な反駁を行いながら,協調的に最善の結論に達していこうとするコミュニケーション的な行為です。枝葉末節にとらわれず,どの重要な論点を残すべきか,何が残っているのかを見極めることが大切である。提言された政策のメリットとデメリットを天秤にかけて,どちらがどのような理由でより重要かを判断する「政策決定の手段」としてのディベートの認識が重要でしょう。

今後は,ディベートを通じて自分の意見を提示して,相手の意見と比較検討する能力が,ますます官僚のみならず日本人一人一人に要求される時代になっていくでしょう。会員の皆様方のお力添えによって,微力ながら今後のJ.D.A.の発展にがんばっていきたいと思います。そのためには会員一人一人のがんばりと御意見をいただくことが不可欠です。なにとぞよろしくご協力をお願いいたします。

目次
編集後記


今回の推薦論題は,市民の司法参加の是非を問うプロポジション,平たく言えば英米流の陪審制や独仏流の参審制などを日本に取り入れるかどうかを議論するものです。そこで今回はちょっとした特集として,米国に留学中の
J.D.A.理事の安井さんと飯田さんに米国での御体験をふまえた興味深い御論稿をお寄せいただきました(外国籍の留学者も陪審に召還されることがあるのですね。それとも安井さんだから?)

私自身がディベートの講義を担当するときも,陪審制の論題を用いることが結構あります。内容的にも肯定・否定のバランスがとれ,様々な立場からの資料があり,しかも学生・社会人を問わず興味をもって貰いやすいというのが一つです。今回は,特に司法制度改革審議会でも一歩ふみこんだ意見がでたこともあり,日本の司法制度における陪審・参審制導入も非現実的な話ではなくなってきました。

もっとも,このトピックがディベート向きなのは,それだけでなく,そもそもディベートそのものを行うことの意味を考えさせてくれるトピックだからです。言うまでもないことですが,米国で発達したアカデミック・ディベートは,法学の予備教育(pre law education)となることを目的の一つとしているなど,ディベートの発達と司法的な弁論とはかなり密接な関連があります(ちなみに6月に日米交歓ディベートで来日したAndyさんも,超一流ロー・スクールへの推薦入学が決まっているそうですね)。

ということもありますので(?),今期ディベートの試合をする際には,少し法廷にでもいる気になって,逆転にのぞみをかけて陪審員にいどむ「評決」のポール・ニューマンか,あるいはペリー・メイソンにでもなったつもりで,「法廷闘争」を楽しんでみてはいかがでしょうか。[編集担当]


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