1.4 ディベートでの意思決定とは?

 

クラスの学級会で、学校に携帯電話を持ってきて良いか議論しています。太郎君はクラスの禁止派を代表し、次郎君は、クラスの容認派を代表していました。ここで、次郎君は、こっそり太郎君に、「ここで君が提案を取り下げてくれれば、次の学級委員選挙で、容認派全体が君に投票することを約束しよう」とささやきました。太郎君は次郎君の甘い言葉にのってしまい、「もうわかったよ。そんなに持ってきたければ持ってきていいよ。」と妥協してしまいました。しかし、それをみていた花子さんや他の禁止派は、「勝手に妥協しないでよ。クラスの中には禁止派がたくさんいるんだから、あなたはただの代表で、クラスの判断としては、最後に決をとって決めるんだから、あなたに勝手に妥協する権限なんてないのよ」…



(1) ディベートの当事者の立場と役割

 ディベートに限らず、全ての「議論」、「論争」は、対立した意見があるから行われます。議論の一つの形態である交渉(negotiation)では、交渉の当事者に交渉の妥結の権限があります。しかし、ディベートの場合は、あくまで上下関係のない多数の関係者が関係する「公共的」な問題を巡っての議論ですので、その意志決定には、関係者の多数が納得できる仕組みが求められます。

 このため、ディベートにおける議論の当事者は、決定権者としてではなく、決定権を持つ関係者に対して自らの提案を表明することによって選択肢を示すとともに、議論によって、提示された複数の案の優劣を関係者に明らかにする役割を担うことになります。議論の中で改定(妥協)案がでてくることもありますが、その場合も、交渉のように当事者間の合意で妥協を決定するのではなく、正式に関係者に改定案を提示し、既存の案について議論をし、その内容を関係者に明らかにする必要があります。

(2) ディベートでの意志決定の特徴

 上下関係のない多数の関係者が存在する場合、多数が納得できる意思決定を実現するためのプロセスにはどのような方法があるのでしょうか。ディベートでは、中立な第三者に判断をゆだねるか、投票等の方法により、できるだけ多くの利害関係者を判断に参加させることでこれを実現しようとしています。

 第三者や上下関係のない多数の関係者によって判断がなされるのであれば、提案者は、自らに有利な判断を得るために、判断の根拠となる事実や過程を可能な限り情報を開示し、かつ、それをわかりやすくプレゼンテーションして、自らの立場に支持を求めなければなりません(説明責任の確保)。また、上記の例のような個人的な利害に基づく判断もしにくくなります(意思決定での透明性の確保)し、個人的な偏見や、思いこみによる意思決定を排除しやすくなります(客観性の確保)。さらに、議論の内容を記録しておくことで、意志決定が行われた後に問題が発生した場合、意志決定のどこに誤りがあったかを検証し、同じような意志決定の誤りを防止することも可能となります(意志決定内容の検証可能性の確保)。このため、「中立な第三者又はできるだけ多くの関係者による判断」が、公共的な意志決定としてのディベートの重要な特徴の一つとして位置づけられています。

(3) 議論のトレーニングとして最適

 これらの特徴を持っているディベートは、第三者に対する論理性、わかりやすさ、説得力等がディベーターに、客観性、透明性を持った論理的な判断がジャッジに求められます。したがって、これらの能力を獲得するためのトレーニングとして、ディベートは適しているとされ、多くの国で議論のトレーニングを目的とした教育ディベートが数多く実施されています。(教育ディベートについては、第3章参照。)


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