9.1.3 論題充当性はどうやって反論するの?

 

太郎君と次郎君が「日本政府は労働者の労働条件を向上させるべきである」という論題でディベートしています。太郎君は「芸能人の労働条件を改善しよう」というプランを提示しました。「芸能人は、深夜のテレビ出演や、危険な撮影など労働条件が非常に悪い。これを改善しなければならない」と太郎君は主張しました。しかし、次郎君は「労働基準法上は『労働者とは、職業の種類をとわず、事業又は事務所に使用されるもので、賃金を支払われるもの』をいう。したがって、労働基準法上の労働者であるためには、その者が使用者の指揮命令のもとに労務を提供する関係にあるということが必要となる。しかし、芸能人の場合はテレビ局から、特定の仕事の完成を依頼され、個々の仕事ごとに契約しており、テレビ局からの指揮命令をうけて仕事を決めているわけではない。つまり芸能人は労働者ではない。したがって、芸能人の労働条件を向上させても、労働者の労働条件の向上にはならない」と反論しました。さらに、「これは日本政府の政策なのであるから、日本政府の解釈、つまり法的な解釈を使うのは当然である」と付け加えました。

これに対し次郎君は「(1) まず、芸能人といっても、事務所に所属しており、実際は事務所からの指揮命令を受けて仕事をしており、実際事務所の社員みたいなものである    (2) @法令用語辞典にも、働いている人、という解釈がある A 法令等を根拠としなければならない理由がないし、ディベートは学生が行うもので、政府の施策の提示ではないのだから、一般の辞書で十分である B 広辞苑では労働者とは働いている人、を意味し、芸能人も労働者である」… 


論題充当性の議論を反論する時に気をつけなければならないことは、スピーチ時間は限られているため、肯定側は論題充当性の反論は短く的確に行わなければならないことです。時間を使い過ぎてしまうと、他の部分の反論ができなくなってしまったりするからです。最初から他の議論に時間をかけさせないための時間潰し(time waster) として否定側が論題充当性の議論を提出する場合もありますので注意が必要です。

 ただし、相手の論題充当性の議論をよくみて、時間をかけて反論しなければならないと判断される場合は、時間をかけてきちんと反論しなければなりません。論題充当性は単独で否定側を勝利させる議論なので、十分な警戒が必要です。 

 反論には、基本的には、以下の二つの方法があります。

(1) 肯定側が自分の解釈の妥当性(reasonability)を論証する。

肯定側は論題を解釈し、その解釈に基づいてプランを提出しているはずですから、その解釈をしめし、その解釈が妥当であることを論証します。解釈は、普通は無意識にされるものですが、否定側が積極的にその妥当性を否定してきているため、用例の提示や、 辞書等からの解釈の引用によって自分の解釈を裏付けるべきです。解釈を提示した後、

@ 肯定側の解釈が否定側の提示した基準に合致していれば、それにのっとって肯定側は自分の解釈の妥当性を説明できます。

A 否定側の基準に合致していない場合、肯定側は独自の基準を提示し、それを満たしていれば充分に妥当性のある解釈であることを主張します。

この論証方法では、解釈を提示し、かつ否定側の提出した基準が不適切であることを論証するか、あらたに独自の基準を提示し、それを満たした解釈は充分に妥当なものであることを論証しなければなりません。これには非常に時間もかかりますし、否定側に反論の機会を充分に与えるという危険性があります。こうならないためには、どんな基準でも満たせるような、妥当な解釈をしておくことです。

ただし、とんでもない基準が提出される可能性もありますので、妥当な解釈を行っている場合であっても、反論を準備しておく必要はあります。

(2) 否定側の提出した解釈に肯定側のプランが合致していることを論証する。

相手の提出した論題充当性の議論が的外れなときには有効な手段であり、もし、これに成功すれば、肯定側のプランは論題に規定される範囲内にあることになり、肯定側のプランの選択は的確に行われたことになります。

図で説明すると、次のようになります。


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